第12話「原初の魔女さん、イタズラし過ぎじゃないですか」

「原初の魔女さん、イタズラし過ぎじゃないですか」


 狼さんにとって、幼馴染さんの存在はそこはかとなく大きいわけです。しかし、どれだけ仲が良かろうと、仲が悪かろうと、相手のことを自分自身が知り尽くすわけもありません。

 自分のことが見えていない生物である以上、無理やり首を回そうとすれば筋を痛めてしまいます。背中に誰かがイタズラで落書きしても、狼さんは何が書いてあるのか、知ることは難しいのです。

 だからこそ、狼さんも知らないことが浮き彫りになっただけ。そう言いたかったでしょう魔女さん。

 しかし、そんな気持ちと明後日の方向へ行ってしまうような狼さん。魔女さんの胸から顔を離すと、正気ではなさそうな目で口を動かします。


「魔女さん。アデレードが、魔女だったり魔法使いの可能性はないか」


「…………」


 これには、魔女さんも目を伏せてしまいます。あぁ、そうです。その反応が示すのは――狼さんへの回答となるのは、口にするまでもないのです。

 ですが、魔女さんも言いにくいのです。言いがたいのです。その突っかかってしまった言葉も、激しく喉を震わせます。


「……ブラブ。魔女は誰にでもなれるわけではありません」


「そりゃ、魔女さんがそこら辺にいたら、俺だって知ってるはずだ」


「では……ブラブ。魔女はどう頑張っても、どれだけ魔力を浴びようとも、ぽっと出でなれるものではないのです」


 その言葉に、狼さんの口は閉じてしまいます。

 魔女さんに出会うまで、魔女がどういったものかも分からなかった狼さんにとって、それは幼馴染への僅かばかりな希望を打ち砕くのに充分でした。


「原初の魔女が、血を分けた者。それが魔女です。私達は、原初の魔女をご先祖様とした大きな大きな一族なのです。そんな中へ、一般人が紛れ込む余地もないのです」


「………………じゃ、じゃあ、魔法使いは」


「アデレードさんが、魔法を使った姿を見ましたか? きっとないはずです。私が見ても、あの方は魔法を扱えるだけの魔力はないのです。辛うじて呪いが覆っているだけで」


 …………狼さんの予想は、儚く消えていきます。仕方の無いことです。魔女のことは魔女さんが一番知っています。狼さんよりも知っていて、魔法使いがどういったものかも理解しているのです。

 そんな人が、狼さんと一緒に呪われている、と言っているのですから、間違いないわけです。信ぴょう性はあるわけです。

 しかし、それでも、叩きつけられた正論を跳ね返したい超常現象を信じたいだけなのです。足掻きたい狼さんではありました。


「…………そっか、いや、ありがとう」


「いいえ。……しかし、ブラブ。悲しいことでしょうけど、考え方によっては、あなたも元通りになる可能性が増えた。そう思うことはできないでしょうか?」


「可能性が?」


 狼さんは尋ねます。鮮やかな虹彩が、魔女さんへの期待を寄せていきます。

 それが魔女さんにとっては、なんとも心をこそばゆくしていくのでしょう。思わず、その頭を優しく……優しく、撫でます。


「ブラブ。あなたさえ許してくれるのでしたら、私なりの考えを話すことができます。どうでしょうか? 私に、ほんの少しだけ、幼馴染のアデレードさんを知的好奇心の対象にさせていただけないでしょうか」


 こればかりは、狼さんもすぐに「いいぞ」なんて言えません。いいえ、本当は言いたいのでしょう。ですが、もごもごと、頬もない口を動かし、無い尻尾を垂れ下がらせる感覚を抱きながら、考え込むのです。

 しかし、狼さんは逡巡を繰り返した上で、魔女さんに聞いた方が手っ取り早いのも確かだと気づきます。


「……魔女さん、アデレードの呪いというのは俺と一緒なのか」


「はい。原初の魔女の悪戯でしょう。同じ魔術でしょう。見た感じの話ですが、私の目に狂いはないはずです」


「…………だったら、腐った肉を意地でも食べようとしないでくれよ。緑色になった肉を置いていた俺も悪いけど、あれを平気な顔で食べようと提案してきた時は、目以外も狂ったのかと思ったぞ」


「お肉は腐りかけが美味しいのです。ブラブも分かるはずです。あのくらい腐った肉を、短い時間で焼いた美味しさを」


 お腹を壊しますよ……。

 ですが、狼さんは強く否定できないのです。本能は狼に寄っていますから。生肉を食し、骨で牙を研ぐ種族に染まった体は、直感として分かってしまうのです。

 想像の補完もしてしまうのです。腐りかけの肉を、レアで食べることを。

 ……ちゃんと焼いた方がいいのですけどね。


「……今度からは、ちゃんと焼いた肉を出すようにするから。肉もすぐ使い切るようにしなきゃ、だな」


「そんなぁ……」


 魔女さんは少し残念がります。

 いくら魔女であろうとも、誰であろうとも、耐え難い痛みと襲いかかる寒気は経験したくないものです。

 強靭な胃袋であろうとも、収める物次第でその紐は緩くなってしまいますから。

 そんな話も程々に、狼さんは魔女さんの言葉を肝へ刻みます。


「話を戻すけど……。俺と一緒てことは、俺の実家にあったあの魔導書を読んだせいか」


「えぇ、十中八九。この本のせいでしょう」


 魔女さんは器用に本棚から魔導書を呼び寄せます。

 ふわふわと漂い、魔女さんの手におさまったその子は、狼さんを狼男へ変えた魔導書です。


「……だったら、俺のせいでもある。だけど、アデレードに聞いてからじゃないと、魔女さんに許可できない……。聞きたいのは山々だけど、本人もいた方がいいだろ。自分のいないところで、自分を巻き込んだ話が進むのは魔女さんだって嫌だろ」


「……ふふ、そうですね。じゃあ、ブラブ。今度はアデレードさんも連れてきてください。あ、後、肉串も買ってきてください。お肉の話をしていたら食べたくなってしまいました」


「…………ちゃんと焼いた屋台のやつな」


「ブラブの手作りがいいです」


「じゃあ、よく焼いて、真っ黒になったやつな」


「あー! そうやって意地悪するのですか! ブラブがそのつもりならいいです! 戸棚に隠してあるジャーキーは私のおやつにしますから」


「おい! なんでそれを……!」


 そうやって、肉問答があった末。狼さんがジャーキーを手作りし、肉串は屋台で売ってあるものを買ってくることに落ち着きました。

 あ、後。狼さんが戸棚に隠していたジャーキーは、全部魔女さんのお腹の中に落ち着きました。ちょっと残念そうにしていた狼さんでしたが、まぁ、元々は魔女さんの小腹が空いた時に丁度良さそうと買ってきたものですから、ある意味、念願叶ったり、というやつでしょうね。

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