第66話 森の賢者のスキル

夏休み7日目。

LEFへとログインして今日やることは食材集め。

最短で明日から始まるスカルスプリングの女王討伐のためのバフ入りカレーを用意するため、肉・野菜・香辛料を調達するフェーズだ。


「まずは香辛料の自生地へと案内しよう」


リンデンに連れられて俺は里の外へと出た。

来た時にも驚いたが出る時もまた格別に変な気分になる。


「俺たち、ホントにさっきまで里に居たんだよね……?」


崩れかけの石門アーチのある場所を見つめても、これまで居たはずの里の街並みは影も形も見えない。


「よくできた迷彩だろう」


リンデンは少し得意げに鼻息を噴かせ、


「今やカイも我々の里の仲間。里の出入りのルールを教えておこう」


そう言うと、手に持っていた石をアーチ横に転がした。


「行きにカイにも渡したろう?」


「石? ああ、確かに」


俺はアイテムボックスを開いて、そういえば手渡されていたその石を取り出した。


「ここに捨てればいいのか?」


「そうだ。そして再び里に入る際に拾う」


「これが"通行証"ってことかっ?」


「そうだ。ここの石を拾いアーチを通って前に進む。それが里への入り方だ。石は外で持ち歩いてはならない」


「了解した」


俺は石をアーチの近くへと置くと、リンデンは顎をしゃくる。


「こっちだ。また茂みの中を行くぞ」




* * *




しばらく進むと、リンデンが足を止めた。


「……いるな」


リンデンの後ろから顔を出して、俺はその視線の先を見る。

……確かに居た。

木々の高い場所をノミのように白い影が飛び跳ねている。


「あいつはああやって高所から獲物に狙いをつけるんだ」


「だから俺たちは茂みの間を移動してるのか?」


「そうだ。見るからに敵は1体……ここで潰しておくか」


「ちょっと待ってくれ」


リンデンがヌッとその太い腕を構えたので、俺はそれを止めた。


「アイツの相手をさ、俺にやらせてくれないか?」


「カイにか?」


「試したいんだよ。"スキル"をさ」


「……! なるほどな。すでにスキル選択を終えていたわけか」


リンデンはニヤリとして頷く。


「分かった。やってみろ」


「おう。じゃあちょっと待っててくれ」


俺はリンデンから離れ、ひとりで茂みの中を静かにスカルスプリングへと近づいていく。

慌てて飛び出したりはしない。

スカルスプリングが油断して地面に降りて来たところを叩くのだ。


ちなみに、今回はカレーを使わない。

手に入れたスキルだけを試してみようと思う。

そうこう考えている内に、


「……!」


スカルスプリングが木の上から降りて来る。

その着地の瞬間を見逃さず、俺は茂みから駆け出した。


「いくぜ……"ドラミング・ブースト+"!!!」


俺は勢いよく両胸を叩く。

これは森の賢者の種族共通スキルの進化版であり、胸を叩く回数に応じて自身のパラメーターを上昇させることができる (最大10回)。

もちろん10回積み切った。

全パラメーター1.5倍だ!


俺の突然の強襲にスカルスプリングが驚き飛び跳ね、木々の上へと逃げようとする。

しかし、そうはさせない。


「うっほぅっ!!!」


ガシリ。

スカルスプリングの骨の足を俺は容易に左手一本で掴む。

アクティブスキル、"マッスラー+"。

恒常的に発動するそのスキルによって現在の俺は自身の体重以上の質量を支えられるようになっていた。


ちなみにエリフェスから聞いた話だが、このLEFの物理法則はかなり現実寄りになっているのだとか。

例えると、"小柄な少女が巨大な大剣を振るう"ようなことが難しい。

力・器用などの基礎パラメーターに加え、キャラの身長・体重・骨格、そして付与されたバフを含めて物理演算されて導き出された現象が起こるらしいのだ。


「セイッセイッセイッセーーーイッ!」


しかし"マッスラー+"の効果で強力筋肉を手に入れた俺はそんな物理法則を軽々と無視して、体重50キロは超えるだろうスカルスプリングの骨の体を左手だけで持って左右の地面に叩きつける。

そうして弱ったところを、ポイッと投げて宙へと浮かす。

……ここからが俺の本当に試したかったことだ。

俺は腰から短剣を引き抜いた。


「カイっ! スカルスプリングに斬撃は効かんぞっ!」


後ろから見ていたのだろうリンデンの声が飛んできた。

もちろん、そんなことは身をもって知っている。

だけど俺は、森の賢者の"打撃特化"のスキルツリーはあえて避け、肉体強化に全振りしていた。


「だってこの世界の物理法則が現実寄りだっていうのなら、コレは効くはずだろ……!?」


俺は目の前に自由落下してくるスカルスプリングの体めがけて、短剣で全力の"刺突"を繰り出した。

……斬撃がダメでも、刺突は別のはず。


刃物の先端は鋭く尖ってはいるが、結局のところその先端は極狭の"面"。

つまり突き詰めて考えれば打撃攻撃のできるフライパンの底面と変わらないだろう (極論)。

それらを振るうエネルギーに対して、ぶつかる面積が広いか狭いかで"打つ"のか"刺す"のかが決まるに過ぎない。

ゆえに、"刺突"は"打撃"の親戚みたいなモンだっ!


「うりゃあああ!」


短剣の先端がスカルスプリングの胴体へとぶつかり、鈍い音が響く。

直後、その胴骨がパキリと音を立てた。

やはり、俺の思った通り。


「斬撃は効かなくても刺突は効いたみたいだなぁっ!」


俺の短剣が突き立てられた場所を中心にスカルスプリングの胴体へとヒビが広がった。

俺がそこに捻りを加えると致命的な音がする。


「終わりだ」


短剣を強く握り締め、遠心力と共にスカルスプリングの体を地面へと叩きつける。

スカルスプリングが断末魔も上げずに粉々になった。


<獲得:スカルスプリングの細骨>


<獲得:スカルスプリングの細骨>


「よしっ」


しっかりと素材も回収していく。

これでまた1つ出汁の材料が増えた。


「見事だったぞ、カイ」


リンデンはそう言って茂みから出てくる。


「しかしどうして"打撃特化"を選ばなかったのだ? 身体強化はカイのカレーがあれば充分だと思ったのだが」


「まあそれでも良かったといえばそれまでなんだけど……俺ひとりくらい戦闘スタイルの違う仲間が居た方が、討伐作戦の戦略に幅が生まれるんじゃないかと思ってさ」


「……なるほどな。確かにそれもそうか」


リンデンは感心そうに頷いた。


「幾重にも身体強化を重ね、一撃でも当たれば致命的なダメージを叩き出せる刺突を狙うスタイル……なかなかにおもしろい」


「リンデン?」


「カイ、討伐作戦の話なんだが、」


リンデンは俺の方を向き直って言う。


「俺と2人で"タッグ"を組まないか?」

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