第64話 職業選択
「さて、それではカレーの食材と香辛料の調達に向かうとしようか」
里長宅を後にして、リンデンはさっそくとばかりに話す。
「討伐作戦は最速で明後日から開始される。それまでに準備を済ませておきたい」
「あっ、ちょっとその前にひとついいか?」
「どうした」
「俺、ちょっとログアウトしたいんだけど……」
本当なら俺もログインし続けられるだけしたいんだけど、つい先ほど警告システム通知が来てしまった。
<連続ログイン時間が8時間を超えています。ログアウトを推奨します>
そう、俺は今朝LEFにログインしてからもうぶっ続けで8時間以上はプレイしている。
現実の俺は味覚が働かないにせよ、さすがにお腹が空いてきたし水分補給も必要だろう
「そうか。まあもう今日はあと1、2時間で陽も暮れるだろう。食材集めは明日にするとしようか」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
「なら泊まる場所は我が家の部屋を貸そう」
リンデンはそう言って家に招いてくれた。
既婚者だったらしく、歓迎してくれたのは奥さん賢者とふたりの子供賢者。
子育てで忙しいだろうところに急に来訪してしまって申し訳ないな。
明日はなるべく多く食材を調達してこの家庭にも美味いカレーを振る舞えるようにしよう。
「カイ、この部屋を使え」
「ありがとう」
部屋には植物製マットレスと枕が置いてあるのみだ。
賢者たちは体が毛に覆われているから掛け布団は必要としないのだろう。
俺はさっそく横になる。
「さて、ログアウトを……」
<未開放地域でログアウトをすると次回ログイン地点は王都スタート地点になります。ログアウトしますか?>
「……あれ?」
いつもならベッドに横になると<ログアウトしますか?>というシステム表示が出てくるんだけど……?
何度か起きたり寝たりを繰り返すが、表示は変わらない。
「り、リンデン! ちょっと聞きたいんだけどっ!」
部屋を出てリンデンを捕まえて今起きたことを話す。
リンデンはどうやら奥さん賢者の食事の準備を邪魔しようとする子供賢者たちの相手をしているところだったようだ。
賢者キッズが『新たな遊び相手ができた!』とばかりに俺にしがみついてくる。
重い。
俺の半分くらいの背丈しかないのに、体重俺と同じくらいあるのね?
まあそれはともかく、
「……フム、それは困ったな」
リンデンは俺の話に唸りつつ、
「解決策はあるにはある」
「ホント!?」
「未開放地域でログアウトができないのであれば"ホーム化"してログアウトすればいい」
「"ホーム化"……って、なに?」
「要はこの賢者の里をカイの故郷とするということだ」
リンデンは俺によじ登りつつある賢者キッズをヒョイと持ち上げ床に転がしつつ、
「旅人は一定の条件を満たせばあらゆる町を故郷に定めることができる。一度定めてしまうとその後の一ヶ月間は変更ができないという制限があるがな」
「おおっ、なら俺は今のところ根無し草だしぜんぜん平気だ! さっそくホーム化しよう!」
「待て待て、一定の条件を満たせば、と言ったろう」
「条件って?」
「この賢者の里をホーム化できるのは"森の賢者"のみなんだ」
「えっ……つまり人間じゃ無理ってこと?」
「いや、そういうわけでもない」
リンデンは賢者キッズたちを両肩に乗せ遊んであげつつ、
「旅人は職業として"森の賢者"を選択できる。だからここを"ホーム化"したければこれまでの職業を一度捨てる必要があるわけだ」
「なるほど。じゃあ問題ないな。俺職業就いてないし」
「……なにっ!?」
リンデンは目を見開いて、
「カイは短剣使いだろう? 剣士じゃないのかっ?」
「いや、職業とかまだ選んでないからね。無職」
「それじゃあこれまでの戦闘でスキルはどうしていたんだっ!?」
「使えてなかったよ。まあ何かしらの職業に就かないとスキルボードが開放されないっていうのはちょうど昨日フレンドに教えてもらったから知ってるけど」
フレンドというのはもちろんエリフェスのことだ。
昨日のカレーパーティーの折に職業選択とスキル選択の重要性について熱量たっぷりに渾々と説かれていた。
「……」
リンデンはあぜんとして口を開けていた。
無邪気な賢者キッズたちがそこに指を入れて遊んでいる。
平和だなぁ。
怒らないリンデンは良い父だ。
「カイ、お前はやっぱりおかしなヤツだなぁ……」
「自覚はあるよ。俺はカレー狂いだ」
「まあ、そのおかげで"ホーム化"の問題は解決しそうだな。ではさっそく"ジョブチェンジ"に向かうとしようか」
リンデンは子供たちに留守番を言いつけると、俺を連れて外に出る。
「ジョブチェンジって、確か特定の施設でしかできないんじゃなかったっけ?」
「人間の世界ではそうなのだろう。だが"森の賢者"へとジョブチェンジさせることができるのは施設などではなく、我が里の祭司だけだ」
「……じゃあかなり特殊な職業ってことだね?」
「そうだな。扱えるかどうかはカイ次第だ」
俺はリンデンの後へとついて歩いた。
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