第63話 力を示す
「──スカルスプリングの女王で"出汁"を取るだぁッ!?」
十数人の賢者の間でウホホッと笑いが起きる。
その中心にいるのはひと際大きな賢者……"里長"だ。
俺はいまリンデンに連れられて里長宅、その大きな広間へと通されていた。
『カイ、討伐に協力してくれる意思はありがたいが、参加には里長の許可がいる』
リンデンにそう言われ、それならばさっそく許可を得に行こうと来たわけだ。
で、当然のごとく『人間がどんな目的で賢者に協力をするのか』と質問されたので俺は素直に答えたわけだ。
つまり、骨から出汁を取って作る美味いカレーを食べるためだと!
「ウホホホッ! おいリンデン、お前おもしろい人間を連れてきたなぁっ!?」
「いえ、里長、カイはおもしろいだけではなく……」
「ああ、そうだったな。カイの作るカレーとかいう料理には強力なバフが備わっているんだったな。そいつはぜひ提供してもらいたいもんだ。だから俺たちの持つ香辛料の自生地の情報とレシピの取引は進めてくれて一向に構わねぇ。ただし、」
里長は太い指でアゴをさすりつつ、
「カイを討伐作戦に参加させるかについては……難しいな。ちぃっと、心もとないレベルじゃねぇか?」
里長が俺の頭上のレベル表示を見る。
確かに俺のレベルは未だ21。
リンデンの50に比べれば明らかに低い。
ましてやこの里長のレベル"80"なんて数値には遠く及ばない。
「今度の討伐作戦に参加する戦士たちはレベル40以上の精鋭たちで固めようと思ってんだ」
里長が辺りを見渡す。
里長を囲うように佇んでいる賢者たちがいわゆる"精鋭"なのだろう。
みんなレベル40台、あるいは50台に達しているようだった。
「……分かりました。そういうワケだが、カイ」
リンデンが俺の方を向く。
「俺たちとしてはカレー料理の力を貸してもらえるだけで充分にありがたいんだが、それでもなお討伐作戦に参加したいと考えるか?」
「ああ。スカルスプリングの女王や精鋭たちからドロップする素材の山分けには俺も混ぜて欲しいからな」
「そうか。ならば力を示す他ないだろう……シラカバ」
リンデンがひとりの賢者を手招いた。
その体格はリンデンよりも少し小さいがそれでも2メートル近くはある。
「シラカバのレベルは41……今回の討伐隊に抜擢された中では一番レベルが低い。カイ、シラカバとの模擬戦で力を見せるんだ」
「そうすれば討伐隊への参加を認めてくれるのか?」
「ああ。お前に充分な力があると分かりゃ、こちらから協力を願い出たい」
里長からの言質を取る。
つまりこれは最初の頃に王都であった"晩餐会"イベントと同じ……
プレイヤーの力量に合わせた分岐イベントということなのだろう。
よし。
今回はカレーがかかっているからな。
全力で臨ませてもらおう。
「俺はバフ使ってもいいか?」
「何をしても構わん。来い」
俺の前に立ちはだかったシラカバが指でクイッと、挑発してくる。
では、お言葉に甘えて。
カレー摂取をさせてもらおうか。
手持ちの小瓶のカレーを使い切り、力・速さ・器用のパラメータを上げる。
「じゃあ、いくぞ」
俺は全力で駆け出した。
「ウホッ!?」
シラカバの驚嘆の声を正面に置き去りに、俺はその背後へと回っていた。
がら空きのその側頭部へと全力の回し蹴りをお見舞いする。
しかし、
「ウホ……速さだけは認めよう」
「うおっ!?」
ノータイムで、シラカバの振り返りざまの裏拳が襲い来る。
辛うじて躱す。
にしても……
回し蹴りじゃまったくダメージが入ってないなっ!?
「短剣を抜いても構わぬのだぞ? とはいえ、俺たちの頑強なる毛皮に傷をつけられたら大したものだがな!」
シラカバは立ち上がり手を大きく振ってドラミングし始める。
すると、その体が薄赤いオーラのようなものに包まれた。
「それもバフかっ!?」
「手加減はせん」
両手両足で床を叩くようにしてシラカバが猛突進を仕掛けてくる。
これは弾いてパリィ……
できないなっ!
これはフォグトレントの強攻撃と同じニオイがする。
とっさにそう勘が働いた。
「よっ、と」
余裕をもって躱す。
と、その躱し際に俺は短剣をひと振り。
シラカバの肌に傷はつかない。
「無駄だッ!」
シラカバは急ブレーキをかけると、即座にまた俺目がけて直線的な突進を繰り返す。
今度もまた避けようとすると、
「フンッ!」
シラカバは床をミシィ! と思い切り踏みつけて、俺の避けた方へと方向転換をしてくる。
俺は辛うじてそれも避けつつ、先ほどと同じようにまた短剣をひと振り。
やはりシラカバの肌に刃は届かない。
「オイオイ、俺ん家の床壊すなよ……?」
里長が顔をしかめつつ、
「ギブアップしてもいいんだぞ、カイ。討伐作戦に参加はせずとも、カレー作りの協力者として十分な待遇で扱わせてもらうからな」
そう俺の身を案じてくれていた。
ありがたいことだね。
でも、
「ギブアップ? しませんよ。俺はまだこの世界に来て、美味いカレーを諦めたことはないんだから!」
再び体ごと突っ込んで来るシラカバ……
俺はそれを左右には避けず、上に飛んで躱す。
そして、その頭部の毛を鷲掴みにしてその背に乗った。
「なっ、にをッ!?」
「はい、チェックメイト」
俺は短剣をいつでも刺せるように脇腹に突き立ててみせる。
シラカバの体の表面のうち、唯一毛が薄くなって露出していたその脇腹の地肌へと。
「なっ……いつの間に……!?」
目を見開くシラカバとは対照的に、
「ウホホッ、なるほどねぇ。短剣を振っていたのは最初からこれが狙いかい」
里長はニヤリと口角を上げる。
「シラカバの突進の威力すらも利用して自分の勢いに変え、躱し際に一部の毛を集中的に刈り取ってた訳か。やるじゃねぇの」
「うっす。で……力は示せましたか?」
「ああ。男に二言は無ぇよ」
里長は居ずまいを正すとかしこまって、
「戦士カイ、スカルスプリングの女王討伐作戦への助力を願いてぇ」
「もちろんっす!」
俺は里長と握手を交わし、正式に討伐作戦に参加できることとなった。
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