第62話 賢者の里

「歴史を聞かせてもらって思ったんだけどさ、人間の俺を里に招くっていうのはさすがにリスクが高いんじゃないのか?」


リンデンの後に続いて歩きながら、俺はそう訊ねた。


「どうしてそう思う?」


「俺がウェルズーン帝国の人間じゃなくて、何の悪だくみが無いとしても、万が一俺の口から里の情報がバレるって可能性は消えない」


人間に里の位置がバレる……

それだけで森の賢者たちにとっては脅威のはず。

とはいえ、リンデンたち知恵の回る賢者のことだ。

きっと位置がバレたところで問題ないような仕組みはあるのだろう。

俺が気になっているのはむしろ、


「どうしてそこまでしてカレーを必要としているんだ? 冒す必要のないリスクを冒してまでさ。美味かったからって理由だけじゃないだろ?」


「……なるほど。頭の回転は悪くないらしい」


リンデンが口の端を歪めた。

……いや、

歪めたんじゃなくて微笑んだのか?


「理由を話そう。とはいえ、まずは里の中に入ってからだ」


「……分かった。ところで後どれくらいで着くんだ?」


「もう着いた」


リンデンはそういって突然立ち止まった。


「ここが我らが里……賢者の里だ」


「ここが……?」


一見するとそこらの茂みと変わらない。

建物があるわけでも、他に賢者たちの姿があるわけでもなかった。

しかし唯一、他の景色と変わった点として、


「これは石門アーチ跡か……?」


3メートルほどの間隔を開けて石が俺の腰ほどの高さにまで積まれている。

崩れてしまったのか上部分はなく、地面に残骸の石が転がっていた。


「見えなくて当然。ここは入り口に過ぎん」


リンデンは落ちている残骸の石のひとつを拾い、俺に手渡した。


「ついて来い」


リンデンはその間を通って行く。

しばらく進んで……

次の瞬間、その姿が消えた。


「!?」


霧のように立ち消えたとか、デスした時のようにホログラムの光になったとか、そういうのではない。

唐突にその場から姿を消したのだ。


「ホレ、進め」


後ろからサルスベリが俺の背中を押してくる。

俺もまたアーチの間を進んだ。

すると、唐突に視界が変わった。


「来たか」


真横にはリンデンの姿。

面食らっている俺を見てウフォフォと声を上げて笑っている。


「ようこそ、隣人よ。ここが賢者の里だ」


目の前に広がるのは──街だ。

さっきまで俺たちが居たはずの森は完全にその姿を立ち消している。

2階建て以上の家が建ち並び、街道が整備され、その横にはズラリと街灯まで揃っている。

行き交うのはもちろん人々ではなく、賢者たちだ。


「ワープ……!?」


「迷彩さ」


リンデンが得意げに言う。

迷彩……

ってことは、まさかこの大きな街全体が森に擬態してたってことか!?


「さて、カレーという料理が必要な理由を話す約束だったな」


リンデンが表情を改めて俺に向かい合う。


「我々は強力なバフを欲している」


「だろうな。でも何のために?」


「スカルスプリングの女王を倒し、我らの森を"死"から救うためにだ」


「女王に、死か……」


呟く俺にリンデンは続けて、


「スカルスプリングは凶悪な肉食獣であり、森が死ぬまで女王へと肉を貢ぎ続ける習性を持っている。そして女王は肉を喰っただけ新たなスカルスプリングを生み出すのだ」


「最悪のスパイラルだな……」


「まったくだ」


リンデンはため息交じりに頷いた。


「女王は強く巨大だ。加えて周囲には多くの栄養を分け与えられ生まれた"精鋭"たちも揃っている。今の我々では戦力が足りぬのだ」


「巨大……それはどれくらいだ?」


「優に10メートルは越すな」


「10!!!」


オイオイ、それだけのデカさがある女王ならば……

入手できる骨素材もさぞかし大きく、栄養価も高いのだろう!


「リンデン、その女王討伐……俺も協力させてもらいたいっ」


「ぬっ? なぜだ、危険だぞ?」


「俺の見立てじゃその女王からは相当量の出汁が取れる!」


「……なんて?」


リンデンはポカンと口を開けてそう問い返した。

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