第58話 鹿を追いかけてたら崖から落ちる

「ああ……ここどこだろう」


パチパチと火にくべた薪が爆ぜる音を聞きながら、俺は小さくため息を吐いた。

周りは一面、鬱蒼とした森。

いや嘘だ。

俺の後ろにせり立っているのは巨大な崖。

今しがた俺はその崖から転がり落ちてきたところだ。


……そうなんです。遭難、したんです。


俺はカルイザワと別れたその後、食材の調達や軽い情報収集をしてからアイギスを発って西へと向かった。

町のNPCに聞く限り、そちらにはウスターと呼ばれる自然豊かな町があるらしい。

それだけ自然がいっぱいなら……

きっとカレーの食材だって多いハズ!

そう思ってウキウキ気分でウスターへと続く道を歩いていたわけだ。

そしたら発見してしまった。

野生の鹿を!


……まあ、当然追いかけるよね?


鹿は道の横の森の中へと逃げ、俺はそれを必死で追った。

脇目もふらず走っていた。

で、ようやく捕まえた!

と思った時には、そこは空中。

俺は鹿の体をがっちりホールドしながら崖下へと滑落したというわけ。


「まあ、HPがギリ残ったのは幸いだったなぁ」


鹿の方が下から落ちたこともあり、それがクッションになったのだろう。

俺はなんとかゲームオーバーにならずに済んでいる。

そして今は起こした焚火の上でグツグツと、俺の下敷きになったばかりに絶命した鹿を煮込んでいるところだ。


「ありがとうな、鹿。鹿肉カレーにして、しっかりと味わって供養してやるからな」


俺はそのアクを取りつつ、もうひとつ用意したフライパンの方で先に野菜とスパイスを念入りに炒めた。

その後、鹿を煮込み中の鍋にそれらを投下。

しっかりと煮込んでいく。


「ああ、これ絶対美味いヤツ……!」


しんなりさせるまで炒めたタマネギがとろっとろに溶けていく。

香ばしさと刺激的なスパイスの香り、そして鹿肉の胃に訴えかけるような旨みの蒸気が──

うぅん、もう待てんッ!!!


「いただきますっ!!!」


煮込みもそこそこにカレーをよそって熱々のルウを口へ運ぶ。

はふはふ。

息で冷ましつつ、じんわりと舌の上に染みわたるカレー。


「優勝ッ!!!」


思わずガッツポーズが出る。

ああ、やはりアウトドアで作るカレーって世界で一番ウマい気がする。

ナマステ、インディア。

あなたたちの文化に今、俺は救われている。

HP全回復 (今回のカレーの効果)。

10分もしないで作ったカレーは全て空になる。

作るのに40分かけたのに無くなるのは早いよね。

料理の辛いところだ。


「まあ、とりあえず行動可能になったところでだ」


片づけを手早く済ませると俺は立ち上がった。

カレーを食べ終わったのなら、次はウスターへの道を探さなくては。

……まあ、こんなこともあろうかと俺はアイギスの町で"マップ"を購入しておいたんだよね。

これを見れば最低限自分がどちらの方角に向かっているかは分かるって寸法だ。


「"エングランデマップ"、オープン!」


ピコン!

俺の前に半透明のマップが表示される。

このマップはLEF世界の"エングランデ地域"の全域図であり、詳細図ほど詳しい内容は載っていないものの自分の現在位置を確認できるものだ。

で、それによると……


「んんん?」


おかしいぞ?

なんか俺の現在位置がマップの西側を……

ちょっとはみ出しているような?

拡大して見てみよう。


「んーっと……」


俺の真後ろにある崖……

そこを境目としてエングランデマップの外線が引かれている。

ってことは、


「俺、別の地域に来ちゃったってこと……!?」


これ、いいのか?

俺がここにいて大丈夫なのか?

だって……

LEFじゃまだ"エングランデ"の西にある地域って解放されてないんじゃなかったっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る