第57話 また会える日まで
夏休み6日目。
カレーパーティーからひと晩が明け、翌朝のこと。
俺が再びログインをすると、すでにカルイザワとミウモは動いていて、どうやら2人で朝ごはんを作っているところらしかった。
「あっ、カイさん。おはようございますっ」
ミウモが輝かしい笑顔を送ってくる。
ここはミウモ宅、リビング。
昨日の晩に俺とカルイザワは、厚意によりミウモ宅へと泊めてもらってログアウトしていた。
「おはよう、ミウモ。それとカルイザワも」
「うん。おはよー。朝ごはんできてるぞー」
食卓に並べられたのはトーストにバター、スクランブルエッグ、それにミルク。
朝カレーという選択肢を除くのであれば理想的な朝ごはんだ。
「いただきます」
ありがたく頂戴した。
やはり、バターが素晴らしい。
カリッと焼かれたトーストの上をムラなく綺麗に伸びる。
香りも美味しさも一品級。
ミルクとの相性もバッチリだ。
「うんまっ、うんまっ!」
「お口に合ったようでよかったです。昨日は私の方がたくさん美味しいカレーをごちそうになりましたから」
ミウモはそう言って微笑んだ。
そして、
「よかったらまだおかわりも沢山ありますから。いっぱい食べて行ってくださいね」
何ともありがたい提案をしてくれる。
とはいえ、それを受けるわけにはいかない。
「悪いな。俺はまた新しいカレーを食べに行かなくちゃならないから。ここで満腹になるわけにはいかないんだ」
「そう、ですか……そうですよね」
ミウモはどこか物憂げな表情で、ペロリとバタートースト2枚とスクランブルエッグを完食した俺を見る。
まあ両親も今は離れ離れだしあんな出来事もあった直後だ、心細さもあるんだろう。
「大丈夫だよ。今日には運営の人も来てくれるって話だったし、変な輩はもう来ないさ」
「いえ、不安があるわけじゃないんです。ただ、カイさんが旅立って……会えなくなってしまうのが寂しくて」
「え、なんで?」
「な、なんで、って……それは、」
「なんで会えなくなる前提なんだ?」
「えっ?」
俺が訊ねると、ミウモが弾かれたように顔を上げた。
「会えなく……ならないんですか? だってカイさんは旅人で……」
「旅人だから、いつでもどこにでも行けるんじゃないか。俺はまたバターもミルクも買いに来るよ。だってミウモの作るもの全部美味いんだもん」
「……! 本当ですかっ?」
「本当」
俺が答えると、ミウモの表情がパァーッと明るくなった。
「分かりました。それじゃあ私、美味しいミルクを用意して待ってますっ。だから、いつでもここに立ち寄ってくださいね!」
「ああ。また会える日まで、俺はもっとミルクに合うカレー考えておくから。また一緒にカレーパーティーしような」
「はいっ! またお会いできる日まで……私ももっと美味しいミルクをお出しできるようにがんばりますっ」
そうして朝食をごちそうになった後、俺とカルイザワはウマ美に乗ってミウモ宅を後にした。
ミウモはその姿が小さくなって見えなくなるまで、大きく手を振ってくれていた。
* * *
「さて、じゃあここからは俺たちもまた別行動だな」
「そうだね」
俺はウマ美から降りる。
カルイザワはウマ美の上で北を向いて、
「私はこれから今のこのエングランデ地方の北部、湖水地方を目指すつもり。かなり長い道のりになるけど、ウマ美は健脚だし、きっと2、3日もあれば着くと思うんだ。カイくんは?」
「俺はモンスターとか動物狩ってお金にしたり食材にしたりしながらゆっくりカレーを作って過ごすことにするよ」
「うん、カイくんらしいね。それじゃあまた、どこかで」
カルイザワはウマ美を歩かせてさっそくアイギスの町の外へと向かった。
俺はどうしようかな。
いま別れたばかりで同じ方向に歩くのも恥ずかしいし……
西かな。
「あっ」
そういえば、
「カルイザワ、結局アイギスに来てお前の目的は果たせたのか?」
俺は去り行くその背中へと問いかける。
俺とミウモを引き合わせたのはカルイザワだ。
本来起こるはずだったミニイベントに何かが特別な展開を期待しているようだったけど、結局それはうやむやに終わってしまった。
一方で俺自身はしっかりアカベッコー肉入りカレーを食べるという目的を果たせはしていたが。
「ああ、そのこと?」
カルイザワは俺を振り返ると、
「おかげさまで期待以上に果たせたよ。私、ミウモがあんな風に笑って、そして恋するなんて知らなかったもの」
そう言って手を振ってきた。
ふーん……
それなら良かったじゃないか。
ミウモへの入れ込み具合を考えるに、たぶんそのイベントのシナリオを書いたのがカルイザワなのだ。
俺はきっと、カレーを通じて元のシナリオには無かったのであろうくらいのミウモの笑顔と恋を引き出せたのだろう……
……ん?
恋?
「え、恋って……まさかミウモが俺に?」
問い返したかったがしかし、カルイザワの背中はすでに遠く離れていった後だった。
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