第53話 食べるでしょ?

「……約束だ。あのNPCの件は私が責任をもって運営と話を付けよう」


エリフェスはそう言って再び白のフルプレートアーマーに身を包む。

いま俺たちがいるのは1v1を行っていた広場の噴水前から離れてアイギスの町の路地裏、人目につかない場所で腰を落ち着けている。

さすがに注目を浴びすぎたようで、1v1後は他のプレイヤーたちにもみくちゃにされそうになってしまったからな。

しばらく姿は隠しておかないと……


「それにしても……まさか私が敗けるとはな」


エリフェスが呟いた。


「君にかけられているバフが通常のものよりもよっぽど高い倍率のものだというのはフォグトレント戦の時に分析できていた。それを見込んでもなお、勝てると考えていた」


「確かに、武器の扱いや経験値はエリフェスさんの方が数段上だったね」


「だが、最後の最後でそれも追い抜かれた……。戦いの中で君が成長したのか、あるいは私と君との間にまだ何か見えない差でもあったのか……」


「カレーの差だな」


断言する。

俺はカレーに支えられて最後まで戦い抜けたのだ。

それはバフで、という意味ではない。

カレーが俺にもたらしてくれた豊かな知識と感性、そしてそのカレーが導いてくれたこのLEFでの日々が俺に最後まで戦い抜く力をくれたのだ。


「そうか。それは……やはり私には分からぬ強さだったな……」


エリフェスは少し寂しそうにして笑うと、立ち上がる。


「さて、そろそろ私は行くとしよう。運営と協議するにあたってはまずはリーダーに話を通さねばならないからな」


「えっ、もう?」


「『もう?』とはなんだ。早くて困ることもあるまい」


「それは確かにありがたい。けどさ、その前に喰っていくでしょ?」


「喰っていく? 何を?」


「カレー」


「……???」


エリフェスは首を傾げた。

俺は別に難しいことを言っているつもりないんだけどな?


「ただのご飯の誘いだよ。同じ鍋のカレーを喰ってさ、お互いにもっと腹割って話そうぜエリフェスさん」


「い、いや私は……LEFでの食事は効率が悪いから、」


「でもそのスタンスで俺に負けたんじゃん」


「……ッ!!!」


「それにもし食事の良さが理解できたなら、さっきエリフェスさんが『分からない』って言ってた"強さ"に関してもヒントが掴めるかもしれないよ?」


「それは……本当か?」


「まあ絶対とは言えないけど。でも成長って分からないことを知ろうとする過程でするものだって俺は思うし」


「……分からないことを知ろうとする過程が、成長……そうか。そんな考え方もあるのか」


エリフェスは大きく目を見開いた。


「私はゲームのことを全て知っていたつもりで、その実、何ひとつとして本当には知ろうとしていなかったのかもな。料理のことも、NPCのことも、私にとってはただのゲームの一部品としか思っていなかったが……」


「知ろうとすれば新しく見えてくるものもあるさ。俺と形は違えど同じくゲームを楽しんでいるエリフェスさんのことだから、きっといつか俺が戦った理由も本心から理解してくれる日が来るって信じてる」


「……私と君との間にあったのは器の"差"か」


「エリフェスさん?」


「いや、なんでもない。分かったよ、ありがたく誘いを受けさせていただく。ぜひ君の作るカレーを食べてみたい」


「おっ! そうこなくっちゃ!」


やったね、これで"同志"がまた1人増える!

しっかり美味いカレーを喰わせて、また1人カレーの虜にしなくては。


「じゃあそうと決まればさっそくカルイザワとミウモたちの元に、」


「──見つけましたわっ!」


俺がエリフェスの手を引いてアイギス郊外へと向かおうと路地を出たところで、俺たちの前に仁王立ちするプレイヤーが居た。

体にピッチリと貼り付いたラバー製プラグスーツを着た、サイバー感のある衣装に身を包んだ綺麗な女性プレイヤーだ。


……誰だろう?


俺のデフォルト男性キャラメイクと違い、ずいぶんと外見や装備に時間と金をつぎ込んでいそうだな?

どちら様だろう?


「みっ、みっちゃん様ッ!?!?!?」


その人物に上擦った声で反応を示したのはエリフェス。

ああ、エリフェスの知り合いなのか。


「エリフェスさんあなた、すごく目立ってらっしゃいましたよ? それに初心者装備縛りのプレイヤーさんと1v1でまさかの敗北だと、そこかしこで話題になって……って、アラ?」


そこで"みっちゃん"とやらの視線が俺に向く。


「こちらの殿方、確か先ほどエリフェスさんが戦っていらっしゃった……」


「はっ、はいみっちゃん様! この者はカイ。私のフレンドです」


エリフェスは今度は俺の方を向き、


「カイ、こちらの御方はだな、我々宵の明星クランのリーダーであらせられるみっちゃん様だ」


「おおっ、そうなのかっ!」


何とも都合の良い展開もあったものだ。

これからリーダーに話を通す必要があるとエリフェスが言っていた矢先にこうしてバッタリ会えるとは。

よーし、こうなりゃ、


「じゃあみっちゃんさん、あんたも来いよカレーパーティー!」


「は? カレーパーティー?」


「詳しい話はカレーの席で! カレーを食べながらの方がきっと捗るからさ!」


「ちょっ……えぇっ!?」


俺はエリフェスとみっちゃん、2人の手を引っ張ってカレーパーティー会場 (ミウモ宅)への道を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る