第46話 美味いカレーを喰いたいから

「エリフェスさんっ!? え……なんでここにっ!?」


「探し人をしていてな」


エリフェスは白馬から降りて俺の横に来つつ、


「君たちが拘束しているそのPKはいったい何者だ?」


「この男は、カルイザワが言うにはNPCのAIをクラッキングしてる"ハッカー"だろうって」


俺は端的に事情を説明した。

この子を含めたこの周辺のNPCたちに"恐怖"の感情が不正注入インジェクションされた可能性、そして牛舎にいたマザーモンスターの件を。


「……そうか。礼を言うぞ、カイ。ソイツさえ確保できているなら他の協力者どもは"後にでも"芋づる式に捕まえられるだろう」


エリフェスはそう言って槍を構える。

その先では、先ほどの突風で吹き飛ばされたプレイヤーたちが起き上がって武器を構え直しているところだった。


「なら他のヤツらは全員PKK対象確定だ。久々に暴れられる。調査調査で体が鈍っていたところだ──ッ!」


「おっ……おぉっ!?」


エリフェスは俺が共闘を申し出る間もなく単独で敵陣へと突っ込んでいった。

そして宣言通り──

猛威を振るう。

エリフェスの演舞のような槍さばきに、敵プレイヤーたちが次々に宙を舞う。

レベル差というだけじゃない。

対人戦闘経験の絶対的な差。

レベル40の敵プレイヤー2人がかりでさえ、レベル45のエリフェスの動きをまるで捉えられていなかった。


「スキル、"雷電"」


自らの手足のように操る槍で次々と襲い掛かる敵の攻撃を精確にパリィし、ひとりずつ隙を作っては致死の一撃を叩き込んでいく。

数的不利をものともしない、一方的な蹂躙だ。

パリィの青光りとスキルの紫電のエフェクトが瞬く中、ものの1分もかからずにその戦闘は終わった。

敵は全てホログラムの光となって消えていく。


「すげぇ……」


思わずそう声がこぼれてしまう。

"圧倒的"。

まさにその言葉が相応しかった。


「……フゥ、こんなものか……」


エリフェスは物足りなさそうな顔で戻って来る。


「あの……助かったよ。ありがとう、エリフェスさん」


「いや、このくらい大したことではない。それに、」


エリフェスは再び地面の男に一瞥をくれる。


「実は我々宵の明星クランはこの男、ハッカーを追っていたんだ。よかったら身柄を引き渡してもらえないだろうか? 企業へのサイバー攻撃の実行犯として法的措置を講じたい」


「それはいいんだけど……コイツにはこの子たちが受けた被害をどうにかしてほしい」


「この子……? ああ、魔改造を受けたNPCか?」


「魔改造? まあともかく、ミウモたちとこの周辺のNPCたちは恐怖の感情を注入されてしまった可能性がある。それをどうにかできないかな?」


「そうだな。それにはまずこの男を詳しく聴取する必要があるが、しかし」


エリフェスはミウモを見て、


「ひとまずそのクラッキングされたNPCは全て、宵の明星クランへと連行させてもらおうか」


そう言い放った。

……はい?

連行?


「連行……って、どういうことだ?」


「魔改造NPCを治安維持クランとしては見過ごせない。再び誰かに悪用される恐れがある以上、この地域から早期に撤収させる。そうして隔離した上でどういった改造がなされてしまったのかを調査する必要がある」


そうしてエリフェスが向けた視線に、ミウモはビクリと肩を跳ねさせる。

怯えるように、後ずさりした。


「うむ。やはりその状態で現在のNPCの務めが務まるとは到底思えん。LEFから一度切り離すべきだろう」


「ちょ……っと、待ってくれよ」


ミウモに歩み寄ろうとするエリフェスの前に俺は歩み出た。


「そんなのあまりにも一方的過ぎるだろ」


「? 何か不都合なことがあるか? 治安維持の点から見ても妥当な対応だろう?」


エリフェスは何が問題なのか分からないといった風に肩を竦め、


「宵の明星はこれまでの成果から運営との間に治安維持に関する"ツテ"のようなものがあるんだ。我々は運営と協力し、ここのNPCたちがどのように魔改造されているのかを詳しく知ることで次のクラッキング対策に繋げる必要がある」


「……だからといって、隔離って。やり方ってものがあるんじゃないか? 連行なんて仰々しいことをしなくても他に方法が、」


「私はこれが最大効率だと思っているが」


「だとしても俺はその一方的なやり方を承服できん。俺はミウモと約束した。美味いカレーと美味いミルクで乾杯しようぜ、とな」


「……NPCとした約束がそんなに重要なことか?」


「ああ。それに……ミウモ!」


俺は後ろで怯えるミウモへと問う。


「君はどうだ。大人しく連行されるか、それともここに居たいか、どっちがいいっ?」


「わ、私は……この場所を離れたくありませんっ。両親が帰って来る場所なんです。それに牛たちもきっと私の迎えを待っているから……」


震える声でミウモが言う。

俺は頷いて返す。


「こうして本人も行きたがっていないならなおさらだ」


「……はぁ。なんだか話がかみ合わないな」


エリフェスは呆れたように腕を組む。


「カイ、そのNPCの発言内容は全てただの"キャラ設定"になぞらえてAIが組み立てたものだぞ? そこに本物の意思や感情は伴ったりしていない」


「……たとえエリフェスさんがそう考えていたとしても、俺にとっては違うね。ミウモが行きたくないと言っていて、俺がミウモを必要としている。行動の理由はそれで充分だよ」


「……カレーを喰いたいからか?」


「そうだ。美味いカレーを喰いたいから。そしてミウモにも喰わせてやりたいからだ」


「……」


エリフェスは空を仰ぐように息を吐いて、


「私はこれからハッカーをクランへと運ぶ。その後、NPCたちの連行準備を済ませて再び来よう。その時までに考えを整理しておくことだ」


「答えは決まっている。決まっていないのはミウモたちを救う他の方法だけだ」


「……そうか。だが覚えておいてくれ。もしもその時にまだ私の前に立ち塞がるのであれば、その時は治安維持の妨害者として君を排除せざるを得ないということを」


エリフェスは地面を暴れのた打つハッカーを軽く担ぎ右手の指元を光らせると、白馬と共に光の球となって飛び去った。




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