第44話 マザー"バグ"モンスター
「よし、拘束完了……っと」
カルイザワが冒険者職のスキルを唱えるとロープが出現し、地面にうつ伏せで倒れるそのLv30男プレイヤーの体が後ろ手にされて縛られた。
「便利だなぁ、冒険者職って」
「まあ旅のお助け系スキルばかりだからね。このスキルも本来は木とか岩とかを固定するものだし」
カルイザワはそう言いつつ少し得意げだった。
まあ実際助かる。
俺はカレー作る・食べるしかスキル (?)しかないからな。
まあそれはともかくだ。
「事情聴取といこう。なんでコイツとその仲間がミウモの家の中に居たのか。その理由を聞こうか」
「……」
男はダンマリを決め込んだ。
黙秘権の行使?
そんなものこのゲームに無いんだが。
「本当に最後まで喋らないつもりならキルしちゃうけど……ひとまずは、ミウモ」
俺は背後でまだ怯えるように立っていたその少女の名前を呼ぶ。
ちゃんと話してくれそうなのはこの子しかいない。
「事情を聴いてもいいか?」
「は……はい」
ミウモが言うに、この男たちが突然現れたのは2日ほど前らしい。
「突然家に押し入ってきたかと思ったら、ナイフを突きつけられました。それで、私の背中側でこの人たちは"ナニカ"をし始めたんです」
「ナニカ?」
「それは分かりません。でも、その後でした。私、何故だか突然その状況が"とても恐ろしく"なったんです」
「突然恐ろしく……」
ミウモの言葉に思わず首を傾げてしまいそうになる。
それ、おかしなことか?
普通見知らぬ男にナイフを突き付けられたら恐がるのは当然だろう、と。
しかし、
「いや、やっぱりおかしいな……?」
ミウモはNPCなのだ。
NPCはマイナス面の感情が押さえられているのが通常状態だ (イベントなどによる作用を除く)。
恐怖……それもとりわけ死や暴力に対してのものは倫理的な配慮により非常に薄く設定されているはず。
なのに、それを突然感じ始めたというのは違和感がある。
「NPCAIに対するクラッキング……この男、もしかしてハッカーなのかも」
ボソリと、俺の隣でカルイザワが呟いた。
「前にニュースで聞いたことがあるよ。自律思考AIに対して強いマイナス感情を
「じゃあ、コイツがミウモに対して"恐怖"の感情を……?」
「うん。脅しを利かせるためにね。たぶんこの周辺の他のNPCたちに対してもそうじゃないかな。『言うことを聞かなければミウモを殺す』だなんて言って、外に出ないよう言いつけている。恐怖の感情でもない限り、NPCたちがプレイヤーの言いなりになるわけがない」
なるほど、筋は通っている。
しかしまだその動機が分からない。
「ミウモ、この男たちは君の家で何をしていたんだ?」
俺の問いに、ミウモはその表情を暗く沈鬱なものにすると、
「訪ねてくる旅人の方々を全員追い返すようにと命令されました。牛舎に
「モンスター……?」
その命令をしていた1人であろう男を見下ろすと、何がおかしいのかクツクツと笑っていた。
「気になるなら見てきたらいいじゃねぇか」
「……」
何か狙いがあるのだろうか?
それはそれとして、状況を把握したくはある。
俺がカルイザワとウマ美へと視線を向けると、カルイザワが頷き返してくる。
「大丈夫。この男の拘束は簡単には解けないよ。武器も取り上げたし……いざとなったら10オクターブくらいの金切り声で助けを求めるから」
「高音域過ぎて逆に聞こえんわ。まあ、じゃあちょっと見張りを頼む。俺は牛舎に行ってみる」
ミウモ宅の隣の平屋……牛舎へと向かった。
相変わらず何のニオイもしない。
そうだ、考えてみればそれも妙だった。
俺は牛舎の前に着き、その扉を開く。
その中に居たのは、
「……ッ! なんだ、コイツ……!?」
100平米くらいの広さのその中心に居たのは、巨大な"赤の肉塊"だった。
いや、肉というには造形が牛の形に寄ってはいる。
しかし各所でボコボコと隆起した肉が脈打っており、体の各部位がどこに位置するのか見分けるのも困難だ。
それはおよそ生物の姿ではなく……
バケモノと呼ぶのが相応しかった。
「──このモンスターは、1日に何百体もアカベッコーを産むんです」
「えっ」
いつの間にか後ろに立っていたのはミウモだった。
どうやら俺についてきたらしい。
悲しげに牛舎の中を見つめながら、
「男たちはここで生まれたばかりのアカベッコーを肉に変えていました。それだけ大量の"アカベッコー肉"を何に使うのかは知りませんが……こんなの、あまりにもおかし過ぎます」
「……だな」
とりあえずあの男たちの目的は分かった。
ここで肉を大量生産するためにミウモを脅して旅人たちが寄り付かないようにしていた、ということは。
「ミウモ、ところで君の乳牛たちは……?」
「……森へと逃がしました。ここには居られないから」
一段とその表情を悲しいものにさせてミウモは言う。
「生きててほしい。でも……」
「今からでも呼び戻せないのか?」
「分かりません。でも……あのブラシがあれば、もしかしたら……」
牛舎の、巨大なモンスターが陣取る奥にそのブラシはかけられていた。
確か……ミウモは牛たちへと毎日愛情込めてブラッシングしているとかなんとか、そんなことをカルイザワは言っていた気がする。
「あのブラシの柄を叩いて鳴らすと、あの子たちはいつも、こぞって私の元に来てくれたんです」
「OK。了解した」
俺は初期装備短剣を抜く。
「カ、カイさんっ!?」
「下がって。あとは俺に任せとけ」
「危ないですよ……! そのモンスター、あの男たち以外には攻撃するようになってるんです」
「ここで退いたら君の牛は戻ってこない。ミルクだって飲めない」
「どうして、そんなにまで……」
「美味いカレーを味わうため。それには美味いミルクが不可欠だからだよ!」
俺は赤い肉塊モンスター……
マザーモンスターへと駆け出した。
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