第42話 美味い表情
「えっと……俺たちはミウモさんが困っていると聞いて来た者なんですけど」
「え……っと?」
ミウモはこちらの出方を探らんとばかりに、表情を凍らせていた。
あれ?
ミウモと接触すればイベントが発生するんじゃなかったのか?
「なぁ、カルイザワ。もしかしてもう他のプレイヤーにクリアされた後ってことはないか?」
小声で話しかけるとカルイザワはすぐに首を横に振る。
「そんなハズはないよ。これはユニークイベントじゃなくて通常イベントだから。初見プレイヤーであれば同じ種類のイベント展開になるものなんだよ」
「んー……じゃあなんでだ?」
俺はもちろんこの町に来たのは始めてだ。
このミウモという子に見覚えもない。
初見のハズなんだけどな。
「あの……もういいでしょうか」
「あっ、ちょっと待って!」
ミウモが話を切り上げようとしてきたので思わず引き留める。
まだ"新鮮ミルク"も"アカベッコー肉"も何も貰ってない!
「あのさ、"アカベッコー"で困ってることがあるんじゃないかっ?」
「──えッ!?」
俺のとっさに言葉に、ミウモは体を震わせた。
ビクリと不意を突かれたように。
「どっ、どこでそのことを……!」
「え? いや、風のウワサで……かな。なんでも草原にアカベッコーが出現し始めて牛たちを放せなくなったからだとか」
「あっ……ああ。そのこと、ですか」
何故かミウモはホッとしたように息を吐いて、
「すみません、そちらについてはもう解決しておりまして。なので……もう大丈夫なんです」
「あ、そうなんだ……?」
「はい。本当にすみません……」
ミウモはなんだか申し訳なさそうな表情でペコペコ頭を下げて謝ってくる。
俺はどうしよう? とカルイザワに視線を向ける。
カルイザワは渋々といった表情でコクリと頷いた。
……いったん出直した方が良さそうだな。
用事が済んだと告げるとミウモは扉を閉じた。
俺たちはその場から離れることにする。
「おかしいよ。バグかな……?」
カルイザワは顔をしかめながらウマ美の元へと向かう。
バグ……なのだろうか?
そもそも俺はこの場で本当にイベントが起こるのかどうかを知らない。
カルイザワがどこかの町のイベントと勘違いしているだけなんじゃないだろうか?
「……しかし静かだな」
昼下がり。
時間にして14時ごろってところか。
辺りは閑散としている。
町の郊外だから仕方ない……
……んん?
いや、本当にそうか?
いくらなんでもさっきから辺りに人が居なさすぎないか?
俺はミウモ宅の周囲の畑をグルリと見渡した。
「誰1人として農作業をしてないなんてこと、この時間にあり得るのか?」
カルイザワが言うには、確かミウモは『同じ地域の人々に見守られ』ているんじゃなかったか?
見守る目なんてどこにもないぞ?
「お待たせ。後ろ乗って」
ウマ美に乗ってきたカルイザワが俺に手を伸ばしてくる。
「……いや。ちょっと待ってくれ」
やっぱり何かおかしいんだ。
さっきから俺の直感が違和感を告げている。
俺は探偵じゃないし洞察力も人並みだから、何がおかしいのかっていうのは具体的には分からないけど。
「俺さ、もう1回ミウモに会いに行ってみる」
「えっ? カイくんっ?」
「カルイザワはウマ美に乗って待っててくれっ」
俺は再び、今度は1人でミウモ宅の戸を叩いた。
するとやはり、感情を凍らせたような表情のミウモが俺を出迎えて、
「あの、まだなにか……?」
そう訊ねてくる。
とても冷たい声だった。
身に覚えがないけど、もしそれが俺が嫌われて起こっている反応ならそれでもいい。
でもそういう理由じゃないとしたら、どうする?
「君はさ、さっき俺がアカベッコーの話を振ったとき、『そちらについてはもう解決した』って言ったよな?」
「はい。それがなにか……」
「『そちらについて"は"』ってことは、まだ解決してない"何か"があるってことなんじゃないか?」
「……ッ!」
ミウモの顔に貼り付いていた無表情が剥がれ落ちた。
目を大きく見開いている。
……ああ、そうか。
ミウモが表情を変えるのを見て分かった。
違和感の正体ってヤツが。
「俺はさ、カレーに合う美味いミルクが飲みたいと思ってここまで来た」
「……えっ?」
「俺は知ってるんだ。つまらない表情で作るやつのカレーはつまらない。嫌々で作られたカレーは不味い。つまり、美味いものは作る人の"美味い"表情から生まれるもんなんだってこと」
「か、カレー……?」
「そうさ。俺もまたカレーを作るひとりの人間だからこそ分かるんだ。"美味しい"ミルクを作る子が、こんなに生気のない"不味そう"な表情でいるもんかよ、ってな」
「……!」
俺の言葉に、ミウモの表情が大きく揺らぐ。
「そうだろ? どんな困難に遭おうが、たくさんの人々に美味いミルクを届けたいと願っているなら君はもっと活き活きとしてるはずさ。だから……」
俺はミウモを真正面から見つめて、問う。
「本当は何か助けてほしいんじゃないのか、ミウモ」
「……!」
「安心しろ。俺が助ける」
ミウモの顔を覆っていたこわばりが次第に解けていく。
そしてその唇を開き、
「助け──」
そう言葉を紡ぐ直前だった。
その後ろ、部屋角から見知らぬ男が飛び出してきたのは。
ドスの利いた低い声で、ミウモの肩へと手を伸ばし、
「オイこらガキッ! 何を勝手に、」
「──フンッ!!!」
「げほぉッ!?!?!?」
脅そうとしてきたのでとりあえず有無を言わさずに蹴飛ばしておいた。
誰だろうコイツ?
誰か知らん内に手を (足を)出してしまったけど……
まあヨシとしよう。
どうせ敵なのは確定だろ?
だってミウモのことガキ呼ばわりしていたし、ミウモ自身もこの男に怯えてる様子だし。
俺はアイテムボックスからバフ用の、フラスコ小瓶に入ったカレーを取り出しつつミウモを自分の背へと逃がす。
「なあ、"敵"は何人いる?」
「ごっ、5人です……!」
「よし」
カレー摂取、完了。
バフ準備OK。
何が何だか俺にもまだ整理はできていないが、とりあえず。
……敵とやらを全員ボコってから事情を聴くとしようか。
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