第41話 牛飼い

昼を少し過ぎた頃合い。

俺たちはアイギスの町へと到着した。

先ほどの町よりも大きく人通りも活発だ。


「この先のね、少し町の中心から離れた郊外に行くと乳牛を飼育している小さな牛舎があるの」


「牛舎? そこでイベントがあるのか?」


「そう。これから会いに行くのはね、1人の牛飼い少女」


カルイザワが馬のウマ美 (俺が命名した)歩く先をそちらへと向けつつ、イベントの概要を話した。

その牛飼いの少女ミウモは14歳。

両親はミウモを学校に通わせるため王都へと出稼ぎに行っている。

ミウモはその間1人で数頭の乳牛の世話をしているのだそうだ。


「ミウモは乳牛一頭一頭を家族として愛していて、毎日愛用のブラシでのブラッシングも欠かさない。そうやって愛情をたっぷり注いでいるからか、搾乳されたミルクは高品質だって評判が良いの。

 そんなミウモの願いはね、美味しいミルクをたくさんの人に飲んでもらってその評判が王都にいる両親まで届くこと。だからいつも一生懸命に働いている」


「おお、良い子だなぁ……」


「でしょう? でもね、今そのミウモを悩ませているのが"アカベッコー"。赤い牛型のモンスターなの」


なんでも近頃はミウモが牛たちを放している草原にたびたびアカベッコーが現れるようになってしまったらしい。

同じ牛とはいえ相手はモンスター。

ただの乳牛は襲われてしまうようで、ミウモはウカウカと放牧をしに行けないでいる。


「草原でゆっくりとする時間が無くなってしまったから、乳牛たちはストレスのせいで上手くミルクを出さなくなってしまったんだよ。だから今、ミウモはすごく困ってる」


「なるほど……つまり草原のアカベッコーたちを討伐するというのがこのイベントの目的ってわけか」


「うん。そういうこと。理解が早くて助かるよ」


次第に町並みは薄くなり、俺たちを乗せたウマ美は周りを畑に囲まれたあぜ道を進む。

人影はどこにもない。


「しかしカルイザワはこのイベントにずいぶん詳しいんだな?」


「そりゃそうだよ。だってこのイベントのシナリオは──ぁぁぁあっと!」


「おぉっ!?」


急に叫んだカルイザワにびっくりし、ウマ美が驚きいなないて後ろ脚立ちになった。

突然地面と背中が水平になる。

落ちるっ!?

背筋がヒュンと寒くなったが、

しかしその寸前で慌てて手綱を操ったカルイザワが馬を落ち着かせた。


「あ、危なかったぁ……」


「こっちのセリフだが!? 危うく落馬寸前だったわ!」


「え? ああ、そっちじゃなくて。危うく口を滑らせそうになっちゃって」


「素直かよ。口を滑らせそうになったとか自分から申告しないだろ普通」


「あはは、ごめんごめん。まあ詮索しないでくれると助かる」


「しないよ。俺が詮索するのはカレーの美味さの秘訣くらいのもんだ」


深くは考えないことにするけど、カルイザワがこのイベントに俺を誘ったのは"ミルク"と"アカベッコー肉"というカレー適性100%の食材があるからではなく、別の目的があるらしいというのは分かった。

やたらとイベントに詳しいし、ミウモという少女に思い入れもありそうだし。

俺を引き合わせてどんな展開を期待しているのやら。

……まあ、俺は美味いカレーが喰えればなんでもいいんだけどな。


「あっ、着いたよ。あそこ」


「おお、本当だ。牛舎があるな」


小さな平屋が見える。

その横にこれまた小さな家。

ミウモの住まいかな?

辺りには他に家もなく、隣の家屋までは100m以上間が空いている。


「アカベッコーが出る草原っていうのは?」


「ここから少し歩いたところだね。でも先にミウモに会わないとイベントが発生しないから」


「まずは訪問からか」


俺たちは近くに立っていた木の陰にウマ美を繋ぐとミウモ宅の敷地に入る。


「……」クンクン


失礼ながら鼻を利かせてみるけれど臭くない。

牛糞のニオイとかするのかなって思ってたけど、あんまりしないな。

手入れが行き届いているらしい。


「すみませーん。ミウモさんはいらっしゃいますかー?」


家の方へと声をかけてみる。

しばらく反応がなかったが、やがて戸が開いた。


「……はい、どちらさまでしょうか?」


顔を覗かせたのは薄桃色の頭巾を被ったおさげ髪の少女。

この子がミウモらしい。

顔は少し青白く、やつれているように見えた。

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