第40話 カレー紳士

さて。夏休み5日目。

今日の目当てはビーフカレーだ。

俺とカルイザワは牛型モンスターの肉を求め、一時的にではあるが共に行動することになっている。

待ち合わせ時間ちょうどにログインしてカルイザワと落ち合うと、さっそく次の町"アイギス"に向かうことになったわけだが……


「……!」


抜き足差し足、忍び足。

俺は今、野生馬の後ろに忍び寄っている。

なぜか。

それは移動手段の確保のためだ。

ここからアイギスまでは徒歩で1時間以上はかかるらしい。

なので、


『私はさっきのおじさんNPCの競馬イベントで"馬鞍"をゲットしたから、野生馬を捕まえて乗って行きたいんだけど……ダメかな?』


俺としては1時間くらいなら徒歩でもいいんじゃね?

だなんて思っていたわけだが、強く断る理由もなかったのでカルイザワのその提案に乗っかることにした。

2人なら馬の捕獲成功率も上がって早く済むだろうし。

というわけで、


「スキル、"ライトアップ"!」


"冒険者職"という職業を選択しているらしいカルイザワが、光の球をフワフワと浮かせて一塊になって草を食む馬たちの気を引いている間に、


「今だァァァ!」


俺はその内の一頭へと飛びかかった。

しかし、野生馬の反応は速かった。

一瞬で俺を迎撃する構えを取ったかと思うと、


──ビュオンッ!


風を切るような鋭さで後ろ脚を俺目がけて繰り出してくる。

やるな。さすがは野生。

だが……

こちとらLEFでカレーばかり食ってたワケじゃねぇッ!


「パリィッ!!!」


野生馬の後ろ脚キックを身を翻してタイミング良くかわす。

パリィ直後のカウンタータイム発動。

俺だけが速く動けるその時間で野生馬の首へと抱き着いた。


「しゃあっ! 拘・束ッ!」


「ナイス、カイくんっ!」


暴れる馬をなんとか俺が押さえつけている間に、トテトテと運動音痴っぽく走り寄ってきたカルイザワの手によって鞍が運ばれてきて……

それは馬に接触するやいなや装着された。

直後に野生馬は大人しくなった。


「おおっ……こういうとこスルっとやってくれるのか、LEFは」


「便利だね。馬の鞍の装着の仕方とか知らないからありがたいよ」


こうして移動手段も確保。

所有馬の主であるカルイザワが先に馬へと乗った。

これまたスルっと簡単そうにだ。

その後ろに俺も乗せてもらう。

馬は大人しく、足置きに足を掛けたら後は自動で上に引っ張られるような感覚だった。

乗るコツなんかは全然要らなかった。


「じゃあ、さっそく行こうか」


いつの間にか現れた手綱を手に持って、カルイザワは馬を走らせた。

やはり操作は簡単そうだ。


「もうちょっと速くできそうだけど、カイくんは大丈夫?」


「ああ。ぜんぜん平気」


「分かった。じゃあスピード上げるから掴まって?」


「お……おぉ?」


掴まって、って?

ドコに?

俺2人乗りとかしたことないんだよな。

目の前にあるカルイザワの背中……

そこに手すりでもついていれば話は別なんだが。


「……」


「どうしたのカイくん?」


「いや、どう掴まったものかなーと」


「え? 普通に私の……ああ、そういうことか」


カルイザワは俺の考えを察して小さく笑う。


「前から思ってたけど、カイくんってさ、」


「なんだ? 自意識過剰か? なんとでも言ってくれ!」


「ち、違うよ。そういうところで紳士だよね、って。今回の私から『掴まって』と言ってるケースとはまた別だけど、何も言わず自然を装ってボディタッチとかしてくる変な人もいるからさ」


「ふーん? それはヤだな?」


「うん。カイくんはその点、私のことを異性として一線引いて尊重してくれた上で自然体の友達で居てくれるもんね」


「まあ俺は、カルイザワと話してるのが好きなだけだからなぁ」


「……ふふっ、そうだねっ」


俺の返答にカルイザワは嬉しそうに微笑んで、


「これだからカイくんの隣って居心地がいいんだよね」


「そうか?」


「うん……でもね、今回は馬上なので危ないしちゃんと腰に掴まっているように。私の方から『掴まって』って頼んでる場合はさ、変に気を回してもらわないでいいから」


「イエッサー」


そんなこんなで掴まらせてもらうと、カルイザワは馬を速く走らせた。


「おおっ! すげぇ! 速い!」


風を切るような速さだ。

徒歩のおよそ10倍近くのスピードは出てるんじゃなかろうか。

ということは、だ。


「カレーが10倍速く近づくってことか……! くそ、俺もさっきの競馬イベントやっとけばよかったかなぁっ!?」


「さすがカイくんだ。友情ひと筋の想いを聞いてこっちが少しキュンときてたところに、すぐに変態的なまでのカレーへの執着を見せつけて中和してくるもんね。そういうところも含めて100点満点だよ」


俺たちは2人仲良く (?)アイギスへと向かった。

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