第39話 エリフェス@宵の明星

LEF内の北部スコッティア共和国、

その首都に置かれた宵の明星クランの本拠地にて。


「くそっ、"ハッカー"め……いったいどこへ居るというのだ……!」


白いフルプレートアーマーへと身を包んだ槍使い……

エリフェスは独り呟いた。

そして本拠地の木製デスクに広げられていたマップ内、ひとつの町に赤く×印を付ける。


「しらみつぶしに探すのでは無理がある……何か良い方法があればいいんだが……」


マップにはアチコチに×が付いていた。

それは全てエリフェスが足を運んで“調査”した場所だ。

その数は優に30を超えていた。


「くそっ、考えるのは苦手だ。もっと行動範囲を広げて……!」


エリフェスが勢いよく本拠地を後にしようと踵を返しかけて、しかし、


「──エリフェスさん、最近少しこん詰め過ぎですわよ」


時刻は平日の昼間、誰もいないと思っていた本拠地の奥から声が響いてエリフェスの肩が跳ね上がった。

その声をエリフェスが聴き間違えるはずもない。


「リーダー……“みっちゃん”様っ!!!」


エリフェスがビシッと姿勢良く直立していると、本拠地の奥からコツコツとヒールの音を鳴らしてそのプレイヤーが姿を表した。

長い栗髪に意志の強そうな燃えるような赤い瞳、モデル顔負けのスタイルを強調するラバー製プラグスーツ……

誰もが二度見するであろう美少女がそこにいた。


「相変わらず神……っ!」


「エリフェスさん? いい加減わたくしと会うたびに跪くのおやめになりません?」


みっちゃんの登場と同時、反射的に膝を着いていたエリフェスの頭上から声がかかる。


……ああ、声もイイ!


キャラメイクやボイス、装備衣装は全て他に類を見ない特徴的なもの。

それだけではただの廃課金プレイヤーなのだが、エリフェスは見抜いていた。


……みっちゃん様の気品あふれる言葉遣い、ふとした瞬間に見せる上品な仕草、溢れるカリスマ性……これはマジもんのスーパー美少女お嬢様に違いない、と。


「エリフェスさん、聞いてますの?」


「ハッ!? ああ、失礼いたしました。ついボーっとしてしまっていまして」


「ふぅ、やはり疲れていらっしゃるんじゃありませんの?」


みっちゃんは腰に手を当てて、


「また以前のように1日20時間INとかなさってるんじゃないですわよね?」


「し、しておりません……10時間しか」


「充分多いですわ! 6時間上限になさい」


「えぇっ!? そっ、そんなぁっ!」


エリフェス──

宵の明星クラン最強の一番槍。

彼女の正体は元不登校の廃ゲーマーだった。

現在学校は中退し、現在は高卒認定試験に向けて勉強中。

それを知っているのはこのクラン内ではリーダーのみっちゃんだけ。


「試験は来月でしょう? ちゃんと勉強できてますの?」


「で、できてます……」


「また部屋に引きこもってないでしょうね? ちゃんと1日1回外に出てますの?」


「で、出てます。コンビニにご飯を買いに……」


現実にもゲームにも居場所の無かったエリフェスを拾って再び社会のレールに載せてくれたのがみっちゃんだった。

ゆえにエリフェスの中でみっちゃんは救世主。

神にも等しい存在だ。


「みっちゃん様……いつもお心遣いを賜りありがとうございます。しかし、私はどうしてもみっちゃん様のお役に立ちたいのです」


「ハッカー探しの件ですわね」


エリフェスは神妙な面持ちで頷いた。


「モンスターNPCのAIがクラッキングされてから1週間、ハッカーの手によって魔改造され無限増殖を繰り返していた母体マザーモンスターの討伐は完了しましたが、しかし犯人の行方は依然として分からず……」


この一件はLEF運営からの治安維持依頼とのことだった。

通常、運営が直接特定のクランと接点を持つなんてことはあり得ないことだが……リーダーであるみっちゃんと運営との間に接点があるらしい。

この件が表沙汰になることがマズいのは火を見るよりも明らかなことなので、宵の明星クランの中でもエリフェスを含めて一部しか知らない情報だ。


運営うえからは何か?」


「ええ。実はつい先ほど少し有益な情報をご提供いただきましたの」


みっちゃんはステータスボードのフレンド欄からエリフェスへと向けてチャットを送る。

そこに添付されていた資料にあったのはいくつかの町の名前と、その町の名産で直近で価格に乱高下があったアイテムのリスト。


「ここにある町に絞って手分けして探しましょう。ハッカーはRMT (リアルマネートレーディング)の"代替通貨"として使用されているモンスター素材を集めている可能性があります。必ずどこかに痕跡があるはずです」


直接の金銭取引・マネー取引では希少アイテムのインフレを起こし運営やプレイヤーたちにRMTを悟られる危険性がある。

そのリスク軽減策として、RMTはしばしばマネーと関係しない"ゲーム内アイテム"を金銭の代わりとして扱うことがある。

それが"代替通貨 (あるいは仮想通貨)"だ。

そしてこのハッカーは無限増殖のバグを使い、その"代替通貨"を無限金策しようとしている。

そこまで理解できたエリフェスは大きく頷いた。


「はいっ! お任せください!」


「また、魔改造されたNPCを発見した場合は基本的に討伐を。もし判断に迷うことがあれば連絡をお願いしますわね」


「承知いたしました。必ずや成果を上げて参ります……!」


「ちゃんと休みつつ、が大前提ですからね……?」


もちろん、エリフェスに休む気などない。

みっちゃんがどれだけ忙しい身かは知っている。

クランの取り切りだけではなく、不思議なツテで運営とコンタクトを取り共同でのLEF内治安維持を任されているほどだ。


……私がその負担を少しでも肩代わりするのだ。みっちゃん様の右腕として!


「よし、今日はここまで行こう」


目に入ったのは王都周辺、迷いの森の近くにある町。

アイギス。

牛型モンスター"アカベッコー"の出現頻度が高いことが有名な町で、現在各地でこのモンスターから取れる"アカベッコー肉"の価格が上昇しているようだった。

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