第38話 NPCの行動パターン

食堂でのバイトを終えてマネーをいただくと、表でカルイザワが待っていた。

手を振ってくる。


「なんだ、まだいたのか」


「『まだいたのか』って……ドライだな。さっきの普通はバイト終わりを待つ流れじゃなかった?」


「まあ……でもカルイザワだって目的があってLEFに来てるんだろ? 俺に構ってる時間が惜しくないのかなって」


「再会っていう要素も旅の醍醐味だと思うんだ? 私はここでの経験の全てを創作に活かしたいから」


そんなもんかな?

と思うけど口には出さない。

軽井沢絵里──俺と同じ高校2年生でありながら、すでにプロの小説家でありシナリオライターだ。

さすがにそんな天才の感性をまるっと理解できるなんて思い上がるほど俺は子供じゃない。


「でもこの広いLEF世界で一度までならず二度も会うなんてな。やっぱり初心者同士、行動範囲が似てるからか?」


「まあそうなんじゃないかな? 私はこれからもっと行動範囲を広げたいから、"馬鞍"ゲットのために立ち寄ったんだけど……カイくんは?」


「迷いの森から一番近かったから来ただけだな」


「えっ……迷いの森からっ? すごいっ、あそこを抜けて来たのっ!?」


カルイザワは目を白黒とさせて、


「あそこ初心者の内は入ったらまず生きて帰れないってウワサだよ!?」


「カレーさえ作って喰えれば俺は帰れなくても生きてはいけるから。問題なかった」


「えぇっ! 絶対おかしいよ、君!」


「安心しろ、自覚はしている」


俺だって自己分析くらいできる。

ゲーム内で1日に何十食もカレーを作って食べて喜んでるヤツが正常だなんて思ってないさ。

でも結局ゲームなんだし楽しんだ者勝ちじゃない?


「そういえば気になったんだが、カルイザワはここまでどうやって来たんだ? その言い方じゃ迷いの森は抜けてないんだろ?」


「遠回りになるけど迂回ルートがあるの。初心者はみんなそっちを使ってるんだよ。というかよくあの鬱蒼としたコワイ森にひとりで入って行こうと思ったね?」


「迷いの森には美味しいモンスターが沢山いると聞いてな」


「……本当、いつも普通じゃ考えられない動機してるよね。まあカイくんみたいな変だけどすごい人の感性をまるっと理解できると考えるほど私も思い上がってはいないけど……」


ん?

なんかさっき俺が思っていたのと同じようなことを……?


「ところで、カイくんはこれからどうするの?」


「俺はまた食材集めかなぁ。カルイザワは?」


「私はメインシナリオ進めつつ、イベントとかミニイベントのサブシナリオを沢山こなしていくつもりだよ」


「ほほう、ゲームを楽しんでますなぁ」


「いや、カイくんほどじゃないよ。まあカイくんの場合は開発陣の想定外の楽しみ方をしてると思うけど」


そんなわけで、やはり俺たちの旅路は当然のごとく一致しない。

まあ無理に足並みをそろえるものでもないし。

それじゃあまたな、と言いかけたところで、


「──おーい、カレーの兄ちゃん! よかった、まだ行ってなかったかぁ!」


カウボーイハットのオッサンNPC、プーティロが食堂から飛び出してくる。


「もう一度礼が言いたくてな。アンタには本当に世話になった。あんな刺激的なカレーをこれから毎日喰えるのかと思うと活力がみなぎってくるぜ」


「そうか。そりゃレシピを提供した甲斐があったな」


「その返礼と言っちゃなんだが、ホレ。アンタが欲しがってたものさ」


そう言って手渡されたのは木箱に入った赤身肉。


「これっ、まさかっ!」


「おうよ、兄ちゃんが欲しがっていた桜肉さ」


「おぉ~~~! マジか! ありがとうオッサン!」


まさかの思わぬ収穫に舞い上がり、プーティロと固く握手を交わしてしまう。


「いやぁ、喰いたかったんだよなぁ……! 俺桜肉は喰ったことないからさぁ」


「今のおじさん……競馬イベントのイベントNPCだよね?」


「ん? ああそうだな。俺は競馬やってないけど」


「……おもしろいなぁ」


カルイザワは興味深げな顔で再び食堂へと戻っていくプーティロの背中を見つつ、


「たぶんあのイベントNPCに"プレイヤーへと桜肉を渡す"なんて行動パターンは無かったはず……カイくんのイレギュラーな振る舞いがトリガーになってAIの報酬行動に変化が起きたのかな……」


「カルイザワ? 何を呟いてるんだ?」


「カイくんはシナリオに変化をもたらす興味深い人、ってこと」


カルイザワは微笑むと、


「ねぇカイくん。よかったらこの先の町──"アイギス"のミニイベントにいっしょに行かない?」


珍しくそんなことを言ってきた。

本当に珍しい。

カルイザワは基本、他人に何かを勧めたりはしない。

おすすめの本を聞いてもはぐらかされるくらいだ。

そんな引っ込み思案の同級生のせっかくのお誘い……

受けたいのは山々だったが、


「スマン、カルイザワ……俺にはどうしても大切なカレー作りという使命が、」


「ちなみにそのミニイベントの報酬は"新鮮ミルク"で、イベントで出現するのは牛型モンスターの"アカベッコー"なんだけど」


「ミルク!? それに牛型モンスターが出るってことは、つまり……!?」


「牛肉にとても近い"アカベッコー肉"がドロップするってことだね」


「……ヨシ! 行くぞ"アイギス"へッ!!!」


そんなわけで、束の間になるだろうが俺はカルイザワと行動を共にすることになった。

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