第37話 刺激

その町の食堂はすんなりと俺を雇ってくれた。

また『料理人職レベルが何以上じゃなきゃダメ』みたいな条件を言われるんじゃと少し身構えていたのだが、


「こんな田舎じゃ若者の手はいつだって足りないからねぇ。手伝ってくれて助かるよ」


と食堂のオーナーのNPCに言われ余裕でOK。

ゲームなのに妙にリアルな理由なのが気になったが、まあそれはともかく、

料理も沢山作らせてもらえた。

もちろん俺が作るのは全てカレーだったがお客さんにもおおむね好評だった。


<レベルアップ19→20>


何時間が経ったろうか。

カレー作りの経験値でレベルアップするくらいに一心不乱にカレーを調理していると、


「あっ、アンタさっきの旅人の兄ちゃんじゃねーか」


食堂に入ってきたのは先ほどのカウボーイハットのオッサンNPC。


「そういや食堂で働くとか言ってたな……旅人のクセに本当に働いて金を稼いでいるとは……」


「なんか悪いか?」


「イヤ。ほとんどの旅人はモンスター討伐で得た素材を売ったり、クエスト報酬で生きてるようなヤツばかりだと思ってたから意外だっただけだよ。まあ、まっとうに稼いでる分どちらも俺よりはマシさ……」


オッサンNPCは自虐的な笑みを浮かべる。

そこへと、


「プーティロ、お前はまた競馬なんかやってるのか」


なんと食堂のオーナーNPCが反応した。

え? なにこの展開?

新イベント発生???

プーティロと呼ばれたカウボーイハットのオッサンNPCはバツが悪そうに俯いた。


「プーティロ、いい加減に定職に就け。金が入っちゃ競馬ばかりして、訪れる旅人さんたちに怪しげな取引を持ち掛けたりして……そんなんじゃこの先苦しくなるばかりだぞっ」


「無理なんだよ、オーナー。こんな狭い田舎町で安いマネー目当てに働いてたって"刺激"が足りねーんだ」


プーティロは頭を抱えて、


「ギャンブルだけが俺に"刺激"をくれる……生の実感をくれるんだ。"刺激"の無い仕事人生活なんざ死んでるのと同じだ……」


「プーティロ、お前というヤツは……」


何とも言えない気まずい空気が食堂内に流れる。

……なんだこれ?

NPCの間で急にドラマが繰り広げられ始めていた。

NPCのAIの自由度が高すぎじゃね?


「ごめんね、新人くん。プーティロはギャンブル癖の抜けないどうしようもないヤツでね。毎日こうして"刺激"ばかりを求めてるんだ。放っておいてもいいから」


放っておいても、って。

目の前でこんな新展開を見せつけられてそんなこと言われてもなぁ。


「……とにかく、"刺激"があればいいんでしょう?」


「えっ?」


「厨房と調味料を借りますよ、オーナー」


俺はチャチャっと作り始める。

鼻に抜けるような爽やかさを重視したスパイス群、そこへの味付けに使うのは日本を代表する調味料のひとつである"醤油"。

それをドポドポと入れて味付けしジックリと煮込んで、完成。


「カシミールカレー、お待ちぃ!」


「なっ、なんだこれは……黒いカレー?」


プーティロは戸惑ったようにカレーと俺に目を行ったり来たりさせていたが、意を決したようにスプーンを手に取った。

そうしてひと口、


「……うん、まあ美味いが──って辛ぁっ!?」


プーティロの額から一気に汗が噴き出した。

うむ、期待通りの反応だ。

カシミールカレーは日本発祥のカレーとしてカレーオタクの間で名高いのは言うまでもないが、世間的には主に"激辛カレー"の代表格として有名だ。

プーティロが"刺激"をお求めらしいというのはオーナーNPCとの会話で散々擦られていたから、ならばとばかりに今回はウンと辛み成分を込めて超刺激的なカレーに仕上げてやった。


「水ッ、水ッ!!!」


プーティロが水を探し求めるように手を泳がせた。

そういえばプーティロにまだ水出してないや。

まあいいだろ。


「辛み成分のカプサイシンは水溶性ではないから、水を口に含んでもカプサイシンがさらに暴れ回って辛さが増すだけらしい。飲むなら牛乳の方がいいよ」


「くぉぉぉっ! 水は出さないクセに求めてない豆知識は出しやがって……! だがこの辛さ、不思議と後を引きやがる!」


プーティロはカレーを食べ進める。

口が辛さに慣れてきたからかスプーンを動かすその手は止まらない。

たくさん汗をかき、血色も良く、その顔はとても活き活きとしていた。


「ごちそうさまでした……!」


「どうだプーティロ、刺激的だっただろ?」


「ああ、そうだな……こんなに刺激的なカレーは初めてだったぜ」


プーティロは生まれ変わったような顔で、


「俺、ちゃんと働くよ。こんな刺激的なカレーがあるんなら、もうギャンブルに刺激を求める必要ないもんなっ」


「マジかー」


まさか本当に上手くいくとは。

半分テキトーだったんだけどな。


「おお、プーティロ! 働く気になったか!」


「オーナー、俺心を入れ替えるよ!」


プーティロとオーナーNPCがガチリと握手を交わしている。

カレーの力、おそるべし。

まあ何かしら"刺激"さえ与えられるならカレーに限らずイベントクリアの対象になるんだろうけど。

クリアの仕方は俺らしかったんじゃないか?

なんて思っていると、


「──ふふ、相変わらずだね」


ん、なんだ?

そんな俺たちの様子を見て、食堂の奥の方の席で笑い声が聞こえた。

女の声だ。

そちらの方を覗くと……


「カイくん。久しぶりっ」


食堂の一席でこちらを見て愉快そうに笑っていたのは、俺の同級生であり、この前LEF内でフレンドにもなった"カルイザワ"だった。

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