第36話 馬

夏休み4日目。

今日も今日とて俺はカレーを食べたかった。


「まあ、食べたくない日なんてないんだけどね」


LEFへとログインすると、最初に目に入ったのは宿屋の天井。

ベッドに仰向けの状態から俺は体を起こす。

昨日は迷いの森を脱出してボンジリさんと別れたあと、俺はすぐの距離にある町で宿を取っていた。

おかげでHP・MPは満タン。

しかし、


「マネーがすっからかんなんだよなー……」


所持金なんと300マネー。

そして手持ちの野菜もほとんど尽きかけだ。

迷いの森でちょっとカレーを作り過ぎたかもしれない。

由々しき事態。

このままじゃ……

カレーを満足に食べられない!


「金策しなきゃなぁ」


王都でも同じようなことを言ってた気がするな、俺。

結局世の中金なのか。

ゲームなのに世知辛いね。

辛いのはカレーだけでいいんだよ、カレーだけで。


……とりあえずアイテムを売るか、あるいは報酬がマネーのイベントをこなすかをしなければならないだろう。


宿屋を出る。

ここは"The 田舎町"という感じの町。

道は石畳で舗装されておらず、地面がむき出しだ。

とりあえず辺りを散策していれば何かしらのイベントに遭遇するんじゃないかな?

なんて思って歩いていると、


「いよぅ、兄ちゃん。刺激的な遊びと金儲けに興味はないかい?」


カウボーイハットを被ったいかにも怪しげなオッサンNPCが、いかにも怪しげな話題を振ってくる。


「刺激的に旨い話があるんだよ」


「それはカレーより刺激的に美味いのか?」


「は? カレー?」


「なんでもない。じゃあな」


適当にあしらった。

絶対に儲かる話なんかあるわけがない。

詐欺の常套句にしたって手垢つきまくりのフレーズじゃないか。

だいいち刺激なんていうのはカレーにだけあれば十分なのだ。


「ちょっ……待て待て兄ちゃん、話を聞けって」


「なんだよ、詐欺の片棒は担がないぞ?」


「詐欺じゃねぇよ。いいか? 刺激的に儲かる話ってのはズバリ、"競馬"だ」


「勝てる訳ないだろ。それじゃあな!」


「待て! 話を最後まで聞け!」


オッサンNPCに肩を掴まれる。


「競馬とは言ってもむやみに賭けるわけじゃねぇ」


「というと?」


「今日はな、騎手に欠員が出てるんだよ。だから旅人さんよ、アンタが代わりの騎手になって1位をかっさらうんだ」


「は、はいぃ?」


「旅人さんが1位になる馬に俺が賭ける。そうすりゃ確実に勝てて儲けることができる。その儲けを2人で最後に山分けすれば……どうだ? ナイスアイディアだろうっ?」


乗馬の経験も無い俺になんと無茶な提案か……

とは思ったけど、ここはゲーム世界。

きっと乗馬も簡単にできるようになっているワケだ。

ということはつまり、これは競馬で1位を獲ろうっていうミニイベントみたいなものなのだろう。

でも競馬かぁ……

なんて迷っていると、


「クックック、兄ちゃん……ここだけの話、1位の騎手には何とめちゃくちゃ旨い景品があるらしいぜ?」


「めちゃくちゃ"美味い"景品……?」


つまり、食べ物か?

競馬、そして食べ物といったら……


「まっ、まさか桜肉かっ? 競走馬でも走れなくなったらお肉にされちゃうって話はよく聞くし……」


競走馬には可哀想だが、しかし桜肉カレーか。

それはまた未知の可能性を感じて心が惹かれてしまう。

いいなぁ、それはちょっと食べてみたいなぁ……!

なんて思っていると、


「桜肉? いや、違うが?」


オッサンNPCが即答する。


「景品は野生の馬を自分の"所有馬"にできるようになるくらだ。この大陸のアチコチを行ったり来たりする旅人さんの冒険には不可欠な一品よ」


「えっ……」


「買うとなりゃ1万マネーはかかるコイツをタダで入手できちまう! やらない手はないだろう? これで冒険が楽になるってもんだ! どうだい、刺激的だろうっ?」


「あ、そっすか……」


なんだ、肉じゃないのか。

美味しいって聞いたから俺はてっきり……

……はぁ。


「じゃ、その、いっすわ。サーセン……」


「な、なんか急にやる気なくなってないかっ!?」


「ギャンブルはよくないんで。自分、未成年なんで。大人しくまかない付きの食堂ででもバイトするっす……」


「桜肉って勘違いしてたときは乗り気だったろ!?」


景品が桜肉だったら……

まあやってたかもしれないけど。

期待値が上がってただけに気分の萎え方がすごいんだよな……。

それにこのイベントで勝敗の不確かな賭けをやるくらいなら、食堂で働いてマネーを稼ぎつつまかないでカレーを食べていた方が絶対に良い。


「じゃ、そういうワケでー」


「えっ、マジでやってかないのっ!? コレなんの裏とかもない普通のメリットだけど!? おぉいっ!?」


叫ぶオッサンNPCを置いて、俺は町の食堂へと歩き始めた。

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