俺だけカレーを作ってレベルアップ！～味覚を失った俺、VRMMOでカレーを楽しんでいただけなのに気づけば有名プレイヤーになってたらしい？～

第32話 神業 from カレーへの執着

＞来るぞ・・・！

＞気をつけろよ！

＞ここで死んだヤツは多いぞ

コメントがにわかに騒がしくなる。

──フォグトレント。そのボスモンスターはHP半減時に行動パターンが変わった。

ただでさえ変則的なツルの攻撃が、さらにそのパターンを増やす。

複数のツル束ねて振るう"強攻撃"の追加。

その厄介な点、それは"弾けない"ことにあった。

ノックバック──つまりその攻撃に武器・防具をタイミングよく叩きつけてもそれごと吹っ飛ばされてしまう。

「カイ君！」

束となったツルがカイめがけて思い切り振るわれる。

しかし、視聴者から寄せられた事前の情報があっただけにその対応は的確だった。

「よいしょっ！」

──"躱（かわ）すパリィ"。

カイが太い束のツルを間一髪でかいくぐるようにして躱すと、短剣を使ってツルを弾いた時と同様の青い光のエフェクトが奔った。

パリィの定義とは一般的に【シビアなタイミングで敵の攻撃を受け流す】こと。

つまり、武器で弾かずとも攻撃を躱すことでも発動はできる。

「でりゃぁぁぁッ！」

カイの渾身のひと振りがフォグトレントの幹に生える枝を斬り落とす。

……よしよし、カイ君は対応できとるッ！

1本1本のツルの攻撃は弾き、

束になった大振りのツルは躱す。

初見なら混乱して当然なその攻撃を、しかし。

カレーへの執着により研ぎ澄まされた感覚で、カイはミスなく動き分ける。

……俺はカイ君が動きやすいように徹底アシストや！

ボンジリもまたツルの攻撃を極力カイに向かわせないように立ち回る。

たまにパリィに失敗したがその時はツルを身をもって止めた。

バフのおかげもあり体力ギリギリで堪えつつ、

「あと少しや……！」

終盤戦。

すでにボンジリは手持ちの小回復ポーションを使い切っていた。

フォグトレントの様子を見る。

表情の無いモンスターだが、そのボロボロの姿を見るに残HPは1/4をすでに切っているだろう。

＞もうちょいだ！

＞カイならいける！

＞アシストいいぞボンジリ！

＞これマジで初見討伐いけるんじゃね？

＞アツくなってきた・・・！

コメントも勝利への秒読みに興奮が隠し切れていない……

その時だった。

──フォグトレントの行動パターンが再び変わる。

「はぁっ！？」

ソレは事前情報には無かった。

フォグトレントは8本全てのツルを1つに束ねて極大となったソレを思い切り地面へと叩きつけた。

大地が大きく揺れる。

「「クッ……！？」」

その震動にボンジリもカイも一瞬、動きが止まってしまう。

致命的な隙だった。

再び8本に分かれたツルが勢いよくカイとボンジリに叩きつけられる。

「ぐあっ！？」

ボンジリの体が弾き飛ばされ、

数十メートル先の地面に転がされる。

カイは辛うじてパリィしていたが、

しかし。

「マズいッ！　"離れて"しもーたッ！」

今の一撃でカイとボンジリは大きく分断されていた。

＞あんな攻撃パターンあったか！？

＞AIの"パターン最適化"だ・・・！

＞このタイミングで！？

＞運悪っ！

＞マジかよ・・・！

LEFに存在するモンスターを含むNPCにはプレイヤーの行動を学習し、より最適な行動パターンを生み出すAIが搭載されている。

最適化と呼ばれるソレがこのフォグトレントも起こっていた。

「クソ！　間に合わんッ！」

ボンジリはすぐさま立ち上がり走る。

だがすでに孤立するカイ1人に8本全てのツルが向かっていた。

「カイ君ッ！」

これまでのレベル差を覆す優位は、カイへと降りかかるツルの攻撃の半分をボンジリが負担してこそのもの。

……アカン、1人じゃ手数が足りんッ！！！

焦るボンジリ。

だが、それとは対照的にカイの動きに迷いはなかった。

「カレー……！」

──圧倒的カレーへの執着。

リンゴが手に入らない

＝カレーが食べれない

＝死

そのプレッシャーがカイの精神を日本刀のごとく研ぎ澄ましていた。

「リンゴでカレーを作るんだよ、俺はッ……！」

カイは、地面に落ちていた枝を拾う。

それはこれまでの戦いでカイが斬り落としていたフォグトレントの枝だった。

ソレを──装備する。

「でりゃあああ──ッ！」

右手に短剣、左手にフォグトレントの枝。

足りない手数をとっさにひとりで補った、

──二刀流によるパリィ。

「嘘やろっ！？」

思わず叫んだボンジリの反応が示す通り、

それはカイのカレーへの圧倒的執着と、

これまでカイが積み重ねてきたパリィの経験、

その2つが組み合わさって引き起こされた一種の"神業"だった。

カイは両手で次々に攻撃を叩き落とす。

しかし当然のごとくそんな所業は長く続けられるものじゃない。

「──っとぉッ！」

カイは耐え切れなくなるギリギリまでパリィを継続し、その後速攻でカウンターを仕掛ける。

「ハァァァ──ッ！！！」

──連撃、連撃、連撃、連撃、連撃。

窮地から一転して訪れた勝機を逃すまいと、

カイは理性のタガが外してひたすらフォグトレントの幹を刻み続けた。

もう一度さっきの"揺れ"を起こされたら今度こそ負ける。

二度目の神業は無い。

その確信があるからこその防御を捨てた特攻だ。

がら空きのカイの頭上からツルが迫る──

だが、しかし。

「間に合ったぁぁぁッ！！！」

それは全力で駆けつけたボンジリが防いだ。

カイがギリギリまで二刀流パリィを続けて粘っていた理由──それはこのタイミングでボンジリが駆けつける時間を稼ぐために他ならない。

言葉も要らず、2人の動き・意思は噛み合った。

──この攻撃で仕留め切るッ！

「いったれやぁッ、カイ君ッ！！！」

「任せろぉぉぉぁぁぁあッ！！！」

カイは短剣を振るい続ける。

その間も降り注ぐツルの攻撃にボンジリの耐久が尽きるのが先か、あるいはカイがフォグトレントを削り切るのが先か。

その場で戦っている2人にも定かではなかった。

そして、

「お前の──ッ！　

　　リンゴを──ッ！

　　　煮込ませろぉ──ッ！」

その雄叫びと共に放ったカイの最後の渾身の一撃は、バチンッ！　と。

黒い閃光をほとばしらせた。

そのエフェクトはクリティカルの合図。

フォグトレントは大きくのけ反った。

〔…………〕

沈黙。

フォグトレントのツルが力なく地面へと垂れる。

同時に、電源を落としたかのようにその赤い眼の光は失われた。

＞おっ！？

＞おおっ！？

＞おおおおっ！？

＞おおおおっ！？

＞おおおおおお！！！

濁流のような勢いで流れるコメント。

その後に、

＜カイ：レベルアップ16→19＞

＜ボンジリ：レベルアップ15→18＞

システム音声が静かに響く。

「「っしゃぁぁぁあ──ッ！！！」」

興奮のままに2人は互いの手を叩き合わせた。

高らかな音が鳴る。

レベル差およそ倍のフォグトレント討伐がここに完了した。

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