第20話 続・ラブコメなんて無い

高校の昼休み。

この時間はいつも暇でしょうがない。

俺はいつも学校の中庭の、人目に付きにくいベンチへと避難している。

クラスにいると、みんな昼ご飯を食べているからな。


「……やっぱ、現実じゃ味はしないんだよな」


完全栄養食カロリーバーを1本手早く噛んで水で流し込み、俺はスマホをいじる。

この現実じゃ味覚障害になってからはお腹も空き辛く、昼はこれだけでも充分に事足りた。

さて、昼休みが終わるまであと40分。

早くLEFにログインしてーなー……


「──あずま海斗かいとさんっ! こんなところに居ましたわねッ!」


「うおっ!?」


思わず肩が跳ねた。

そりゃ後ろから大きな声で呼ばれたら仕方ない。

この声は……


光子みつこか、ビックリさせるなよ……」


呆れたように長い黒髪をかき上げながら俺の正面に回り込んできたのは皇九龍姫天おうくぅろんきてん光子みつこ

その後ろにはいつも通り、"お付き"でありクラスメイトでもある2人の女生徒たちがしゅくとして立っている。

この光子という女生徒は、俺と同じ2年B組のクラスメイトであり、詳しくは知らないが日本屈指の超お嬢様らしい。


……あ、名前で呼んでるのは別に"特別な関係"だからじゃないよ?


苗字で呼ぶのは長過ぎるので、"光子"と名前の方で呼び捨てさせてもらっている。

だいいち、こんな超お嬢様と付き合えるような魅力、カレーオタクの俺にあるわけないし、不釣り合い過ぎるからな。

ラブコメなんて起こるワケもない。


「ビックリさせるなじゃありませんわ。貴方、どうしていつもいつも昼休みに入ると姿を隠すのですっ?」


「隠してるわけじゃないって。昼休みは外に出てた方が気持ちが良いからだよ」


「お昼ご飯は食べませんのっ?」


「食べたよ、ホラ」


俺は中身が無くなりペラペラになったカロリーバーの包装を見せる。


「まっ……またそれだけですのっ!?」


すると、光子はキッと目を吊り上げた。


「それに、そんな食事では栄養が偏るではありませんのっ!」


「いや、でも完全栄養食って書いてるし……夜ごはんはちゃんと作って食ってるし」


「お昼もちゃんと食べないとダメに決まってますわ! ──愛歌、"アレ"を!」


光子がそう言って指をパチンと鳴らすと、お付きのひとりの女子 (愛歌)がどこからともなく紫の風呂敷に包まれた四角い何かを取り出し、光子へとうやうやしく手渡した。


「光子、それは?」


「これは、お弁当ですわっ」


光子が風呂敷を広げる。

すると見事な漆塗りの弁当箱が姿を現した。

光子は俺の隣のベンチに腰掛けると、その蓋を開く。


「おお……すごい豪華だな。色んなおかずが入ってる」


「まあ、当然ですわ。皇九龍姫天おうくぅろんきてん家お抱えの一流シェフと一流管理栄養士が監修するお弁当なのですからっ!」


「そうか。それだけ配慮されたお弁当を食べていれば光子の栄養バランスは安泰だな」


「……これは、違いますわっ」


「え?」


光子は少し言い淀んだかと思うと、


「こ、これは貴方へ渡すために持ってきたものでしてよっ!」


「……えっ、俺にっ!?」


光子はぎゅっとその弁当箱を俺に押し付けてくる。


「さあ、お食べなさいっ。たとえ味はしなくとも、食べた物の栄養が貴方の体を作るのですからっ!」


「と、突然どうしたんだよっ? というかなんで俺にっ?」


「それは……半年前の"あの事故"で、私を庇っていなければ貴方の味覚が無くなることは……」


「よせよ。その件については半年前に終わったことだろ」


「でも、それでは私の気が収まりませんの! 貴方には大きな借りが残っているのです。皇九龍姫天おうくぅろんきてん家の長女として、何よりも貴方の友人として、私は私にできることで恩返しをしたい……!」


ズイっと。

光子は弁当を強く俺に押し付ける。


「このお弁当は味ではなく、"食感"に工夫を凝らしてみましたのっ! ですからどうかひと口お食べになってみて!」


「工夫を凝らしてみた……って、え? まさかこの弁当、光子が作ったのか……!?」


「……!!!」


図星を突かれたようで、光子の顔が一気に赤くなった。

マジで?

まさか、光子が弁当を作るなんて……。


「1年の頃の校外キャンプで食べた者を3日は寝込ませる"デス・カレー"を作ってたあの光子が……!?」


「かっ、過去を蒸し返さないでくださいまし! 今回はそんな失敗していませんのよっ!?」


「でもあれから、料理はもう二度としないとか息巻いてたのに」


「そ、それはその……貴方の昼食を見かねてですわっ!」


「俺のために……?」


ついまじまじと、弁当の中身を見てしまう。

……おかずにはところどころ焦げがあったり、形が崩れたりしている。

でも、ぜんぶ美味しそうに出来上がっていた。


「かっ、勘違いしないでくださいましっ!? これは別に、わたくしが手料理を食べてほしいからとかではないんですのよっ!? あくまで、受けた恩義を返すためには、恩義を受けたわたくし自身が腕を振るうべきだと考えたから、」


「ありがとう。そういうことなら、ぜひいただこう」


「──えっ?」


俺は弁当を受け取った。

料理下手な光子が、友人である俺の味覚をおもんばかって自ら包丁を握ってくれるなんて……どれほど嬉しいことか。

きっとここまでできるようになるまで時間がかかったことだろう。

誠心誠意の感謝を込めて、


「いただきますっ!」


両手を合わせてから、俺はおかずを口に運び始めた。




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次話は明日朝8時更新です。

よろしくお願いいたします。

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