第21話 クランリーダー

「美味い」


光子のお弁当の感想……

思わず口から漏れたのがそれだった。


「えっ……」


「美味いよ、本当に」


当然、味を感じるわけじゃない。

でも、


「全てのおかずにすごくこだわってくれているのが分かるよ。野菜炒めがシャキシャキだったり、ポテサラにカリっと焼いたチーズかな? それが入っていたりで口の中がおもしろいな」


「そっ……そうなんですのっ。シェフたちに細かなところまで案をいただいて、手間暇かけたんですのよっ!」


光子の顔がほころんだ。

俺も次々におかずたちを口に運ぶ。

光子の懸命な想いは充分に料理を通して伝わってくる。


「ありがとうな、光子。ごちそうさま。すごく美味しかったよ」


「まっ、まあこれくらい、お安い御用ですのよっ!」


光子はそう言って満足げに胸を張ってみせていた。


「あっ、そういえば東さん!」


光子は嬉しそうな表情のままパンと手を叩いて、


「今日貴方が教室でご学友と話しているのが少し耳に入ったのですが、なんでもLEFを始めなさったのだとか」


「ああ、うん。味覚障害があっても味を感じられるだろうって担当医に勧められてな。それで試してみたら、俺でも本当に味が感じられたんだよ!」


「そうですか、それは本当によかったですわ」


光子は穏やかに微笑んで、


「……ところで、よろしければ今度いっしょにLEFで──」


──ブー、ブー、ブー。


「……」


何かを言いかけたところで、光子のスマホが鳴った。


「電話なんじゃないか?」


「……そう、みたいですわね。少々失礼しますわ」


光子は俺の隣から立ち上がると、少し離れた場所へと移動する。

とはいってもそれほど離れているわけじゃない。

風に乗って、声が少し漏れ聞こえる。


「──はい、わたくしですわ。叔父様、何か緊急の御用件でも? ……え? 機嫌が悪そう? そ、そんなことはございませんわ……それより、ご用件はっ?」


「──……えっ!? NPCのクラッキングっ!?」


「──はい……はい。由々しき事態ですわね。……ええ、分かっておりますわ。約束ですもの。わたくしの方でも対応を……」


光子の表情を見るに、あまり良くない連絡らしい。

最近は家業の手伝いなどでだいぶ忙しくしているみたいだ。

内容については全然知らないけど……その件かな?

NPCと聞こえた気がしたけど、ゲーム用語のNPCってわけではないだろう。

光子はスマホを仕舞って戻ってくると、


「東さん、すみませんが私はこれで。火急の用ができてしまいましたので学校も早退します。少々忙しくなりますので、夏休み前の登校はこれが最後になるかもしれません……」


「えっ、そうなんだ……大丈夫なのか?」


「御心配ありがとうございます。大丈夫ですわ」


「それならいいんだけど……」


「ええ。ただ、東さん。その、夏休みに入った後、もしよろしければ……」


「なんだ?」


「……やっ、やっぱりなんでもありませんわっ。ごきげんようっ!」


光子はそう言い残すと、慌てたようにその場を後にした。

まあ、なんでもないならいいのだけど。

今度、2学期また会った時に改めて何かお礼しないとだ。


「さて、それにしても思いがけず料理のモチベーション貰っちゃったな……。これは一刻も早くLEFにログインしてカレー作りに活かさないと」


現実世界で味覚が無いままだからなんていじけていられない。

スマホはポケットにねじ込むと、俺はこれからのLEF内での計画を立て始めた。




* * *




「はぁ、言えませんでしたわ……。夏休み中チャットしてもいいか、と……」


光子は帰りの送迎の車の中で、小さくため息を吐いた。


「いえ、お嬢様。お弁当をお渡しする姿、大変勇敢でございました」


「その通りです。お嬢様は最善を尽くしました……!」


光子の左右を挟むようにして座るお付きの愛歌と恋歌が励ますように言う。


「そ、そうですわよね? わたくし頑張りましたわ。今日のところは勘弁して差し上げたまで。次こそはもう少し上手く……!」


光子はそう自分に言い聞かせると、


「さて、恋歌。叔父様からの依頼です。"宵の明星クラン"の幹部総員へと連絡を回してちょうだい。『クランリーダーより、集まれる者は緊急で本拠地に集合』と」


「はっ! 承知いたしました。ご用件などは?」


「その場で集まった者にのみ話します」


光子は足を組んだその上に肘を付き、ため息をまたひとつ。


「まったく、叔父様もスパルタですわ。VR世界における人民統治の練習ロールプレイとはいえ、クランリーダーやLEF内の治安維持をわたくしに任せるだなんて」


「お嬢様はいずれ興るであろうVR世界経済の担い手になるお方。これもみなさまが光子お嬢様のご才能に期待されてのことでしょう」


「……担い手など、そんな大層な役割は御免被りたいものですが、叔父様とした約束もありますからね……」


光子は物憂げに車窓の景色を眺めつつ、


「わたくしがその役割を果たす代わりに、LEF内で収集されたプレイヤーたちの味覚情報のビッグデータを【味覚障害の完治プロセス研究】へと提供してもらうあの約束。そうして治療方法が確立されるのであれば、わたくしは……」


光子の言葉に愛歌と恋歌は、


(想い人のため本人に何も言わず身を尽くす光子お嬢様……!)


(素敵すぎます、美しすぎます、格好良すぎますっ!)


((一生ついていきますわ~~~!))


身悶えしそうになる心身を抑えつつ、そんな決意を新たにするのだった。




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