第19話 ラブコメなんて無い
3連休が終わり、火曜日。
あと数日高校へと通えば夏休み。
通勤ラッシュ中の満員電車に揺られつつ、高校の最寄り駅への路線に乗り換えをするところで、
「あっ、
電車の到着を待つ列から小さく手を振られた。
声の主は、
「ああ、おはよう軽井沢」
軽井沢絵里。
彼女は俺の同級生であり、友人の女の子だ。
染めておらず肩程まで伸びている黒髪、目元が少し隠れるくらいの前髪が大人しい雰囲気を演出している通り、あまり自分からは人に話しかけない控えめな子だ。
「おはよう、東くんっ」
友人である俺以外には、だが。
軽井沢はせっかく前の方に並んでいた列から抜け出して俺の方へと来た。
ちょっともったいない。
でもまあ、俺も軽井沢を見かけたら同じことをするんだけど。
軽井沢とは1年のころに同じ図書委員を務めていて、お互い本の趣味が合うので仲良くなった。
それからはこうしてたまに登校中に会ったりすると一緒に学校に向かっている。
「にしても、昨日はビックリしたよな」
電車に揺られつつ俺が話題を振ると、軽井沢をウンウンと大きく相槌を打って、
「そうだね。まさか、東くんとLEF内で会うなんて」
「でもよく俺だって気付いたな? キャラメイクが一般男性のままなのに」
「分かるよ~。あんなにカレーにこだわる人、他にいないもん」
クスクスと、軽井沢が小さく笑う。
そんなに分かりやすかったかな、俺?
「でもよかった。私ちょっと嬉しかったな」
「よかった? って、何が?」
「東くん、すごく活き活きとしてたから」
「……まあな」
確かに半年前の事故から俺はしばらく学校も休んでいたし、復帰してからもカレーを味わえない毎日に寂しい日々が続いていたから。
軽井沢の言う通り、LEFを始めてからのこの数日は幸せでウキウキとしっ放しだった。
「東くんはこれからもカレーに入れるための色んな食材を集めるんだよね?」
「ああ、そのつもり。軽井沢は?」
「私はね、LEFの色んな町を旅したいと思ってるの。やっぱり創作のエネルギーって、自分の足で歩いてこそ充填されるものでもあるから」
創作……なるほどね。
この学校で知っているのは俺だけかもしれないが、軽井沢はプロの作家だ。
小説を書いたり、時にはゲームシナリオを考えたりなど、幅広く創作に携わっていると聞いたことがある。
確かに、そういったクリエイターにとってはLEFというゲームは良い刺激になるに違いない。
「そっか。じゃあお互い夏休みはLEF充生活だな?」
「そうだね。今からすごく楽しみだよ」
互いに趣味もマッチしているから、会話は途切れることなく学校に着く。
さて、こんな風に楽し気に女子と話しながら登校している姿を見られると、男の友人から肘で小突かれたりして、『絶対あとひと押しでイケるって!』なんて無粋なお言葉を貰ったりもするのだが……
いや、ひと押しとか無いよ???
「では、お互いのLEF充生活の健闘を願って」
「うん。願って!」
俺と軽井沢は学校の玄関前で冗談っぽく拳をコツンと突き合わせ、互いのクラスへと向かう。
たぶん軽井沢と夏休み前に会うのはこれで最後だろう。
え、ラブコメ?
だから無いよ???
だって軽井沢は仕事の執筆で忙しいし、
俺は俺でカレーを作って食べるので忙しいもの。
* * *
「それにしても東くん、相変わらずおもしろかったなぁ……」
クスっと。
軽井沢絵里は、東海斗と別れた後に思い出し笑いをする。
まさかモンスターまでカレーにして食べようとするなんて、そこまでの追求者はそうそういないだろう。
「そうだっ……。新しいサブシナリオは、モンスター食にこだわるNPCといっしょに討伐クエストに行って、出されたモンスター食を完食できたらTRUEエンド! みたいなのも面白いかもっ!」
軽井沢絵里、プロ作家。
携わっている現案件はLuminous Epic Frontier──通称LEF。
彼女が開発に参画したシミュレーションゲームのシナリオの出来が評価され、LEF企画陣による直々のオファーにより雇われたサブシナリオライターの1人である。
この事実は重要機密。
東海斗でも知りはしないことである。
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