第2話 メインストーリーは無視

『味覚障害……俺が……!?』


俺──あずま海斗かいとがそう診断されたのは半年前。

とある事故で入院中のことだった。

薄味と聞いてはいたにせよ、いくらなんでも無味すぎる病院食に異議申し立てを行ったところ、異変があったのは俺の舌だったということが判明。

どうやら事故の後遺症らしい。


──何を食べても、味がしない。


それは自他認める"カレーオタク"の俺にとって致命的すぎた。

退院後も定期通院と服薬をしていたが一向に味覚は戻らない。

絶望していた、そんなとき……


担当医に勧められたのは、とある"ゲーム"だった。




* * *




「ふ、ふふふ……! ついにきたぜこの時が!」


俺は届いたばかりのVRHヴィーアールヘッドギアを頭に装着した。

高校2年の7月中旬。

梅雨も明け、夏休みもすぐそこまで迫っている。

人によっては受験のため塾や予備校に通い始めたり、あるいはどうにか思い出深い青春の1ページを作ろうと躍起になる頃合いだろう。

しかし、俺は違う。


「また美味いカレーを味わえるなら、俺はこの青春すべてを捧げたっていい!」


俺はこの夏をゲームへ捧げることに決めていた。

ベッドへと横になり、ゲーム起動。

仮想現実の世界へと俺が降り立つと、輝かしい冒険を予感させる美しい演出と共にタイトルコールがなされる。


──Luminousルミナス Epicエピック Frontierフロンティア


通称LEFレフ

リリースから半年、今や日本を代表するVRMMORPGだ。

体を自在に動かすことはもちろんのこと、特に五感の再現にこだわったことで有名なこの作品は、当然味覚だってリアル同然に感じられる。

担当医は言った。『脳に直接作用する味覚なら東くんにも感じられるだろう』と。


それはつまり……またカレーを美味しく食べれるということだ。


「待ってろよ、カレー……!」


ゲーム設定を爆速で終わらせる。

プレイヤー名は"カイ"。

こだわりなんて無い。

海斗のカイを取った安直なもの。

キャラメイクもデフォルト男性のまま。

ゲームのオープニングが始まるが、


「スキップ」


世界観とか今はどうでもいい。

俺は早くカレーが食べたいんだ。

辺りの景色が書き換わる。

そこは王都だった。


「……おおっ」


中世風の町並みだ。

人が多く行き交っている。


<新たな旅人よ、王城へ向かえ>


システム音と共に、そんな赤文字が俺の前に表示された。

事前に少し調べたが、ここではプレイヤーは"旅人"という扱いになっている。

旅人は大陸の東にある王都へ到着し、王城を訪ねるところからメインストーリーとチュートリアルが始まるのだが……


「それは置いといて、だ」


俺は早くカレーが食べたいのだ。

となればやるべきはメインストーリーではなく、カレーの食材集めだろう。


「市場は……こっちか!」


俺は王城とは真反対へとダッシュする。

向かった先には色とりどりの野菜が陳列された屋台が並んでいた。


「よしよし、たくさんあるなカレーの材料が……!」


ニンジン、タマネギ、ジャガイモ。

キノコ、キャベツ、ホウレン草。

何もかもが揃っている。


「おじさん、この野菜全種類くれっ!」


「はいよ。2000マニーだ」


「2000……あっ」


遅れて気付く。

そうだった。

あまりに五感にリアリティがある世界だから忘れていたが、俺はゲーム内ではまだ一文無しなんだった。


「カレーに対してちょっと盲目的になり過ぎていたな……どうするか」


メインストーリーを大人しく進めるべきか?

でもチュートリアル長そうだしなぁ。

カレーのお預けを喰らうのは辛い。

なんて思っていると、


「あぁっ!」


後ろで小さな悲鳴が上がる。

振り返れば、ゴロゴロと。

市場の通りをいくつものジャガイモが転がっていっていた。


「あらあら、どうしましょ……」


綺麗な白髪の老婦が立ち尽くしてオロオロとしている。

その足元には横倒しになった手編みのバスケット。

どうやらこの人がジャガイモを落としたみたいだな?

拾ってあげよう。

俺はサッサとジャガイモを拾い集めて、老婦の元へと持っていった。


「このバスケットに入れればいいですか?」


「ご親切な旅のお方ねぇ、ありがとう」


ジャガイモを入れて老婦にバスケットを手渡すとニコリと微笑まれ、


「お礼がしたいわぁ。よかったらウチでご飯を食べて行かないかしら」


「えっ……?」


この老婦、NPCノンプレイヤーキャラクターだよな?

ということはつまり、何かしらのイベントが発生したらしい。

しかしご飯か……

俺はカレーが食べたいんだがな。


だけどもしかしたら、この招待を受けることで何かしらのイベントに繋がって、結果的にカレーへと近づけるかもしれない。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」


「あら本当っ? 誰かと食卓を囲むなんて久しぶり。嬉しいわぁ」


老婦は心底嬉しそうな表情で「こっちよ」と歩いていく。

その側で、


「おい、アレ見ろよ」


「まだ居るんだな。あの"無駄イベント"に引っかかるヤツ」


俺と老婦の様子を見てニヤニヤと笑っているプレイヤーたちが見えた。

無駄イベント……?

まあ、それが何かは知らんが、とりあえずやってみてから考えればいいか。




===========


次のお話は12時に更新予定です。

よろしくお願いいたします。

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