唾液

@ku-ro-usagi

読み切り

「小さい頃にお祭りで食べたお菓子に当たりがあったの。

短い棒だったからアンズ飴とか、ミカン飴とかだったと思うんだけど。

大喜びで、もう1本下さいって屋台のおじさんに見せたのね。

そしたら、おじさんが、おもむろに私の当たり棒を手にとって、真顔でベロベロ棒を舐め始めたの。

私は、当たりのもう1本をもらうことなく、少し離れた場所にいた両親のもとへ逃げ帰ったのが記憶にある中での始まりかな」


「次に印象に残ってるのは、小学校の遠足の帰り、学校の校庭に到着した、バスの中。

帰りのバスでもおやつタイムがあってね。

降りる前に、

「帰り道で食べてちゃまずいから、今、口に入ってるガムとか飴なんかのお菓子は出すようにな」

って、先生がビニール持って回ってきたの。

いつもなら、自分のティッシュに包んで家で捨てなさいとかだったのに、こっそり帰り道で食べちゃってた子がいたんだろうね。

それで通路側に座ってた私がね、舐めてた飴を指で取り出して袋に入れようとしたら、先生が、すっとそれを遮るように手のひらを出してきたの。

当然、ビニール袋ではなくて、先生の手のひらに飴が落ちるでしょ。

そしたら、先生はね、私が口から出したばかりのその飴をね、ぱくっと口に入れて、口の中で飴を転がしながら、また後ろの席に行ったの」


「え?起承転結で言うと?

まだ起、だよ、起。あるのは起承、くらいだけど。

もう、分かったよ。

巻きで話せばいいんでしょ。せっかちなんだから。

えっと、これは割りと最近の話なんだけど。

生理前ってさ、必ず食べたくなるものない?私の場合、ケ○タ○キーなのね。

その日も店内の2階席で1人でチキンを食べてたんだけど。

ふと甘いパイが欲しくなったんだ。

あ、わかる?そう、塩っからいものの後には甘いもの。

一通りチキンを食べてから、食べ終えたものはテーブルにそのままにしてたの、飲み物はまだ残ってたし。

一階のレジに買いに行って席に戻ったらね、さっきまでは離れた席に座ってたスーツ姿の男が、私のいた席に座ってね、私が噛っていた骨付き肉の骨を、ベロベロしゃぶってたの。

私、パイを乗せたトレーをその場で落としそうになったよ。それからはもう必ず持ち帰りにしてる、ポテト冷めるから嫌なのに」


君は、妖怪垢嘗にでも取り憑かれているのかね。


「知らないよ、何それ。

それで昨日、食堂で、あまり好きじゃない上司が隣に来てさ、それだけでも嫌だったのに、

『お茶が空だな?』

とか言って食堂のプラコップ見せてきて。

明らかに私に、

『おかわり汲んでこい』

ってアピールしてきたの。

もう苛々しながら、セルフのお茶注いで戻ったら、そいつ、私の使いかけのマイ箸をベロベロ舐めてたんだよ。

私が悲鳴上げる前に、

「やだ!○○部長!ちょっと何やってるんですか!?」

って斜め前に座ってた先輩が気付いて声を上げてくれたんだけどね。

上司は、

「魔が差した」

って、もう、言い訳からしてわけが分からないし気持ち悪いし、社内でも変な意味で注目集めるし……」


……お祓いでも行けよ。


「どこに行ってなんて言ってお祓い頼むのよっ」


私に八つ当たりをしないで欲しい。

相談というか話を聞いて欲しいと呼び出されてカフェに腰を落ち着けた休日の午後。

男受けの良さそうな容姿をしているのに、以前から男性はあまり得意ではないと聞いてはいたけれど。

彼女の話してくれた出来事も、男が得意でない理由の一つなのだろう。

いや、むしろそれが原因か。

何か、世間一般に蔓延る痴漢とか、そういう類いのものとは、また何か違う気がする。

そして、そんな話を聞かせてきて、私に一体何をしろと思うけれど、純粋にただ話を聞いて欲しかっただけらしい。

実際、今まで誰にも話した事がなく、昨日の一件でさすがに吐き出したくなったらしい。

それならば、聞くくらいならいくらでもするけれど。

ただ、この子の、週明けからの会社での立ち位置を考えると、少し気の毒には思う。


私は友人と別れてから、占いや不思議系な事が好きな友人に、駄目元で電話を掛けてみた。

知るか、で終わるかと思いきや、ふんふんと話を聞いてくれた友人は、

『えっとね、その子は、一部の男たちにとって、凄く美味しい花であり蜜そのものなんだよ』

「?」

『尻フェチとか匂いフェチとかいるでしょ?あれのもーっと奥底の、理性とかじゃなくて、自分じゃもうどうにもならない衝動みたいな部分。食べないと死ぬって位に腹減ってる時に、目の前にこれ食べたら死ぬって分かってる、でも大好物の御馳走があったら、何を考える前に食べるでしょ?

先の事なんてもうどうでもいい。

この瞬間にもう全てを持っていかれるんだよ。

問題は、そいつら、それまでは自分が空腹だった事にすら気づいていない』

友人と言う蜜をたっぷり含んだ花を見て、ただ無意識に吸いに行くと。

『そんな感じ、本人たちにとってはそれがごく自然で当たり前の行為だから』

対策は?

『ないよ、その彼女の蜜、まぁ体液だね、それが麻薬になる男を彼女が好きになれば、一生愛されて幸せにはなれるだろうけど』

うまくやればハーレムを作れるではないか。

『ハーレムくらい余裕』

余裕か。

『その彼女が割りきれば、もっと、なんだってできるよ』

あくまでも推測だけどね、と付け足された。

その友人の答えが、役に立つか立たないかは別として、いや、推測の一つとしては役には立ったか。

私は翌日に、その友人が好物の、ちょっとでもなくお高いチョコレート、しかも店舗限定のものを、店まで足を運んで友人宛に送ってもらう。

今回の礼もあるけれど、次に何か聞きたい時に向けての、先払いも意味も込めて。


花蜜友人には、伝えるか伝えないか少し迷った。

自分自身の業の様なものに、更に気落ちしたらと、若干の葛藤はあり。

ただ、本人の性格的に野心などは見えないし、かと言って別に頭も悪くない。

友人の話を鵜呑みにして、調子に乗るタイプでもない。

次の週末に、同じカフェに呼び出して話をしてみれば、

「えー、そうなんだ?」

花蜜友人は、一瞬すごく無防備な、ほけっとした顔を見せたけれど。

「なるほど、そうなんだねぇ」

自分の身体を見下ろし、

「なんか、そっか、理由が分かったらスッキリした」

と力の抜けたような自然な笑みを浮かべてくれた。

「でもそれも、ただの素人の憶測だから」

とも伝えたけれど。

「いいのいいの、答えの1つでもあれば、気持ちの落とし処があるから」

そういうものか。

「一部の人に対して体液が強烈な蜜になるのかぁ」

唾液の変態エピソードが多いのも、相手の目に触れる、手に届きやすいからだろう。

「へー、ほー」

と間抜けな感嘆符を漏らしていた花蜜さんは、しばらく視線を彷徨わせて何か思案していたが。

「ねぇねぇ、女の子にも効果あるのかな?」

と私を見て両目を三日月型にする。

元気になったからと言って、とんだご冗談はやめて頂きたい。

ただ、確かに女同士だと、普段からの接触などで機会はいくらでもあるだろうから、今までに絶対にない、これからもないとは到底言いきれない。

そして、そんな事を言われたせいか、私は、彼女が咥えるストローの先が、唇が、その先の唾液が妙に気になる。

(……待て待て、あー、やめやめ)

慌てておかしな思考を頭から追い出し、

「ケーキでも食べちゃおうかなぁ」

ご機嫌にメニューを眺める彼女に、私は、呆れ半分、残り半分は、ただ安堵を含めた苦笑いだ。


自分が花であり蜜であると知ったこの友人は、これからどんな人生を歩いていくのか。

きっと、きっと大きく変化していく。

雑草の私は、せいぜい隣で、その豊かに華やかに、文字通り目映い程に花開いていくであろう友人の生涯を、興味深く見守っていくだけ。


それでいい。

せいぜい、良き語り手となろう。






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

唾液 @ku-ro-usagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ