解放 中編 黒島と白柳 黒と白の協奏

 美並さんと本陣、そして私とのいさかいの翌日、くろちゃんは学校を休んだ。


 体調不良ということだったけれど、学校に来ることに抵抗があっただけかもしれない。


 私はともかく、姫川さんの前でいつもと違う姿を見せてしまうくらいには、気持ちが落ち込んでいたはずだから。


 くろちゃんがいなくても、姫川さんの周りはいつも通りだ。いつものように囲まれて、楽しいようだけれど、どこかいびつだ。


 私はその中にはいなかった。

 そもそも、いつもはくろちゃんがその中にいるからいたにすぎない。


 周りにいた人も、大して気には留めなかったと思う。よく入れ替わっているたまに一緒にいる生徒ではなく、まず一緒にいるほぼ不動の生徒ではあるものの、私の存在なんてその程度のものだ。


 あるいは、くろちゃんですらそうではないのだろうか。


 派閥の中心人物であるはずのくろちゃんがいなくても、派閥は今日も何も変わらないのだから。


 何なら、くろちゃんがいない内に、その座を奪ってしまおうと考えている人もいるかもしれない。


 そうだとしたら、本当に、気持ちが悪い。



 お昼休み。


 姫川さんは一人の女子生徒に呼ばれたようで、教室の後方の戸付近で話をしていた。


 社遥。


 一年生の時、くろちゃんと私が同じクラスだった女子だ。


 活発で、単純明快といった感じの人。くろちゃんや本陣のような我の強さではないけれど、しっかりと自分を持っている印象の人でもある。


 一体何の用だろうと少しは思ったけれど、別にどうでもいいかとすぐに頭から消えた。



 その翌々日も、くろちゃんは休んだ。

 このまま土日の休みに入るためか、気持ちを落ち着けるには丁度いいと思ったのかもしれない。


 そして、言い合ったあの時から、私からくろちゃんに連絡することも、くろちゃんから連絡がくることもなく、土日の休みさえ過ぎていった。



 休み明けの月曜日の朝。


 それなりにクラスの生徒が揃っている教室に、くろちゃんは入ってきた。


 教室の中が、少しざわついた。


 くろちゃんは、あの綺麗な長い黒髪を、肩の上くらいまでばっさりと切ってしまっていたからだ。


 私も驚きはしたものの、小さな頃から一緒で、短かった時も、同じようにばっさりと切った時があることも知っているので、十分冷静さは保てた。


 誰も声を掛けられない中、くろちゃんは私の席の前まで来て、ばつの悪そうな顔でじっと私を見つめた。


 何も話さずに立っているくろちゃんに、私から口を開いた。


「おはよう。失恋でもしたの?」


 私のその言葉に、教室にいる生徒たちが息を呑んだ気がした。


「うっさい」


 くろちゃんは軽い感じでそれだけ言うと、自分の席へと移動した。


 特に繊細な質問に軽口で返したことに、クラスのみんなは安心したのか、自分の席に座ったくろちゃんに話し掛ける生徒も出てきた。


 その中には、姫川さんもいた。


「黒島さん、どうしたの? ショートも似合っているけど、何かあった?」


「別に。ただの気分転換」


「そう。だったらいいんだけど」


 姫川さんは優しい。


 心から心配して言ってくれているのだろう。姫たる所以ゆえんは、その容姿だけではなく内面もだと思い知らされる。


 多くの人が惹かれるのも分かる。でも、同時に人の心を乱すことも。


 くろちゃんの、心を。


 やっぱり、逃れられないの? 元には戻れないの? くろちゃん。



 くろちゃんはその日一日、前と同じに授業時間以外は大体姫川さんの近くにいた。

 私もそれに合わせた。私一人なら姫川さんの近くにいなくても大して気に留められなかったけれど、くろちゃんがいると話は別だ。くろちゃんの近くに私がいないのでは、私たちに何かあったのではと思われてしまう。私はもちろん、くろちゃんもそのことで何かいぶかしげに思われるのは避けたいはずだと思ったからそのようにした。



 いつもと違ったのは、放課後。


「ねぇ、今日は二人で帰ろうか」


 くろちゃんがそんなことを言ってきた。


 くろちゃんと私は週一の同じ部活動をしている。姫川さんも部は違うけれど、同じ週一で活動の曜日も一緒だ。だから、その週一の活動の終了時間が大きくずれない限りは、二年生の始めごろから毎日のように姫川さんと他数名で一緒に帰っていた。

 今日はその部活すらないから、確実に姫川さんたちと一緒に帰れるはずなのだけれど、どうしたのだろうか。


「いいの?」


 二人きりでいいの? ということだけでなく、姫川さんたちと一緒でなくていいの? という意味で聞いた。


「うん。姫にも、もう伝えてあるから」



 久し振りに、二人きりでの長い距離を歩いた。


 どちらからとも上手く話せない時間が続いたけれど、それはそれで悪くない時間だった。


 いずれ、くろちゃんが沈黙を破った。


「この間はごめん。勝手に動いて、勝手に当たって」


「いいよ。私こそ、いきなり言い過ぎたよね」


 くろちゃんは私のその言葉に首を横に振った。


「ううん。あの後、色々と考えたんだ。何か、どうかしちゃってたみたい」


 神妙な面持ちでくろちゃんが言う。そして、続ける。


「それでね、ちょっと相談があるんだ」


 くろちゃんが、私に? 一体、いつ以来なんだろう。


「相談って?」


「うん。私にさ、勉強教えてほしいんだ」


 ああ、これは。


「どうして?」


「私には無理だって諦めてたんだけどさ、何だか頑張ってみたくなって。姫みたいにはいかないかもしれないけど、私も、才色兼備ってやつ? 目指してみようかと思って」


 姫川さんに求めるのをやめて、自分でその姿を目指すようにしたんだね。


「くろちゃん、百位くらいだっけ? 大変だよ」


 嬉しいけれど、つい皮肉を言ってしまう。


「うう。折角の決心を鈍らせるようなこと言わないでよ」


「でも、やるんでしょ?」


「やる」


 よかった。


 昔の、くろちゃんだ。

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