解答 美並菜水 第九話 未来

 本陣くんへの気持ちに気が付いた私だったけど、特に何もすることができず、今までの関係が続いていた。


 ただ、どうしても意識はしてしまっていた。


 一緒の勉強中『消しゴムを貸してくれないか』と言った本陣くんに、消しゴムを手渡そうとした際に手が触れた時はあまりにドキドキしてしまった。本陣くんが使って返すころには、顔がとても赤くなるほどに。


「悪いな、ありがとう。って、どうした美並。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」


 あなたのせいです。



 何とか、熱を出すのは勉強だけにして、テストにも臨んだ。


 二学期末テスト。


 一位 姫川悠子

 二位 美並菜水

 三位 本陣優


 手応えは十分だったけど、姫川さんは二度続けて一位を許さない。今までも、今回も。



 受験も控えた追い込みの時期ということもあって、私たちは今年の冬は勉強に専念することにした。

 そんな中で、本陣くんに想いを告げようかずっと考えてもいた。

 でも、できなかった。できはしなかった。

 私が本陣くんを好きでも、本陣くんは違うかもしれない。


 多分、違う。


 振られて、今までの関係すら壊れてしまうのが怖かった。



 本陣くんとの関係は変わらないままに、最後の定期テストがやってきた。


 学年末テスト。

 

 一位 姫川悠子

 二位 本陣優

 三位 美並菜水


 最後まで、姫川さんには持っていかれちゃったな。

 本陣くんにも負けちゃった。


 最後のテストだっていうのに、あまり悔しさはなかった。


 堂々の姫川さんと、長らく一緒に勉強してきた本陣くんだからかな。


 そういえば、本陣くんはどうだろう。姫川さんにもっと勝つことを目標にしていたみたいだけど、私と同じく圧倒的に負け越して、最後も負けてしまったのだから悔しがったりしているだろうか。


 その本陣くんの表情からは、悔しさも他の感情も上手くは読み取れなかった。


「最後まで、一位は取れなかったか」


 その言葉だけを、私の心に深く残して。


 本陣くんの目標は、本当に姫川さんにもっと勝つことだったのだろうか。それもあるだろうけど、あくまでも過程の話だったのではないか。


 本陣くんの本当の目標は、一位を取ることだったのではないか。


 そうだとしたら、私はずっと本陣くんの邪魔をしてきたのかもしれない。


 あの姫川さんに勝って、一位を取れそうな機会は、私が毎回一位を取ってしまっていたのだから。



 目標の障害になってしまっていた。

 もしもそうなら、本陣くんは私のことをどう思っていたのだろうか。

 少なくても、好意があったとは思えない。

 確かめてみればいいと、簡単なことではあったけど、私は答えを知ることが怖かった。


 そして、聞くことも出来ず、答えも分からないままに受験の日はやってきた。

 私は本陣くんと同じく、地域屈指の進学校を受験する。


「美並。調子はどうだ?」


「う、うん。悪くはないよ」


「そうか。俺は美並のことを受験の競争相手だとは思っていないからな。一緒に合格する仲間だと思っている。俺たちなら、特に気合を入れて頑張らなくても、いつも通りにやれば合格できるはずだ。平常心でいこう」


 最高の嬉しい言葉だった。


 今日の本陣くんはどうかしているんじゃないだろうか。他人にこんな言葉を掛けてくれるなんて。


「しかし、姫川は噂には聞いていたが、本当にここを受けないんだな。あの学力ならここしかないと思っていたんだが」


 ここで、姫川さん、他の女子の名前が出なければもっとよかったのだけど。


「色々とあるんじゃないかな」


「例えば?」


「分かりません」


「何だよ、それは」


 軽口を叩いたことで、大分落ち着けた気がした。



 そして、手応えも十分だった受験は、無事に合格した。もちろん、本陣くんも。


「俺たちが受からないはずがないだろ」


 高校でも一緒なことが、本当に、ただただ嬉しかった。



 卒業式が近付く。

 

 私の気掛かりは、本陣くんのテストにおける本当の目標。

 好きな人の邪魔をずっとしてしまっていたんじゃないかという、想い。


 今更ではあるけど、確認してみようと思った。やっぱり、それで本陣くんの私への気持ちが、少しは分かるかもしれないから。


 あるいは、どちらにしても楽になりたいという、私の酷い心だろうか。


 一位を取ることが目標であったとしたなら、それが叶わなかった本陣くん。


 妨げていた身として言うのはどうかと思うけど、取らせてあげたかった。

 手を抜いてということでなく、ちゃんと競った上で。


 でも、まだ一つ残っているものがある。


 それに気が付いた私は、姫川さんに聞いてみた。


 高校受験の、自己採点の結果を。



 卒業式が終わって、もう帰るだけとなったころ、私は本陣くんと校舎の外周りを歩いていた。


「折角だから、最後に校舎を一周してから帰ろうよ」


 そう提案した私に、本陣くんは快く付き合ってくれた。


 校舎裏の人気がないところで、少し先を歩いていた私は立ち止まり、本陣くんの方を向く。

 本陣くんもそれに合わせて立ち止まった。


「ねぇ、本陣くん」


「何だ?」


 緊張と不安が押し寄せる。


 落ち着け、私。別に、告白しようというんじゃないんだから。


「もしかして、本陣くんはずっと、一位を取りたかったんじゃないの?」


 本陣くんが少し驚いたような顔を見せた。


「美並には敵わないな。そうだよ。俺はずっと一位を取りたかった。それで、一位を取ったらある相手に告白しようと思っていた」


 え?

 

 ようやく聞けた目標の答えに心が痛むと同時に、告白という言葉に酷く驚いた。


 そんなことまで、考えていたの?


「そ、そうなんだ。あの、ごめんね。姫川さんに勝ったチャンスの時は、いつも私が——」


 勝ってと続けるつもりだったけど、言葉にならない。

 その内に、本陣くんが優しい顔になって口を開いた。


「卒業式の日まで謝るなよ。確かに、姫川に勝った時は一位を取るチャンスだったかもな。でも、そこで美並に負けたのは俺の実力不足だ。そもそも、全てのテストに一位を取れる可能性はあったんだ。別に俺たちが姫川に勝った時だけじゃない。一位を取れなかったのは、俺の問題さ。ただ全力を出しただけの美並が気にすることじゃない」


 本陣くんならそう言うと思った。思っていたけど。

 今はそれよりも。


 本陣くんの、告白という言葉が心に深く刺さり、胸の鼓動が更に早くなる。


「それじゃ、告白、しに、行かないの?」


 言葉が途切れ途切れになる。


 その相手が自分であったらと思ってしまう。でも、きっと違う。

 本陣くんが私に近付いてきた時は、既にその目標を持っていたはずなのだから。


「一位を、取れなかったからな」


 伝えてあげようと思っていたことが、急に嫌になってしまう。


 これを伝えたら、本陣くんはその人のところに告白しにいってしまうだろうか。


 嫌だ。でも。


 好きな人の、大切な気持ちをそのままにはしておけない。


「あの、ね、本陣くん。高校受験のさ、自己採点したよね? 本陣くん、私より上だった。それでね、私、姫川さんにも聞いてみたんだけど、本陣くん、姫川さんより上だったよ。他の生徒たちのことは知らないけど、多分私たちがこの学校の上位三位。だから、だからさ、本陣くんは一位だったよ。十分、一位だよ。告白して、いいんじゃないかな」


 本陣くんは考える素振りをして、この場から動かない。動かないということはと、その姿に仄かに期待をしてしまう。


 駄目。期待するな、馬鹿。


「そう、だな。悪い、美並。俺、ちょっといってくる」


 ほら、私じゃない。


「うん。いってらっしゃい」


 精一杯の笑顔を作って、本陣くんに軽く手を振りながら言った。

 それを確認したのかしていないのか分からないくらいに、本陣くんは背を向けて駆けて行った。


 急に悲しさが押し寄せてくる。


 本陣くんは、上手くいくのかな?

 いったとしたら、友達としても、もう会ったら駄目だよね。

 折角、同じ高校にいくのに。

 嫌だなぁ。


 何を、考えているのだろう。

 友達の、好きな人の、大切な人の幸せを願え、嫌な私。


 壁にもたれかかって、ため息をつく。


 色々、あったなぁ。


 本陣くんとの想い出が頭の中を駆け巡っていく。

 こんな想い出が、もう増えないかもしれないと思うと、涙が出そうになる。


 泣くな、私。


 必死に自分に言い聞かせても、その涙は止められなかった。


「おおーい、美並」


 本陣くんの声がして、思わず泣き顔のまま声の方向を向いてしまった。まだ、私との距離は少しある。


 慌てて少しだけ出た涙を袖で拭っている内に、本陣くんは私の近くまで来ていた。


「待っててくれたのか。どうしたんだ、泣いたりして。中学卒業に感極まったのか」


 何も知らずに、この男子は。


 本陣くんが帰ってきたことと、言葉を掛けられたことで、まだ出そうだった涙も引っ込んだようだ。


 うん。普通に喋れそう。


「そう。私、これでも感傷的だから」


 本当は違うけど、ここは本陣くんに合わせておく。


「随分、早かったんだね。結果は?」


 ドキドキしながら聞く。さっきは盛大に泣こうとしていたのに、忙しい限りだ。


「聞くな」


 まぁ、そうだよね。成功していたら、私のところへ帰ってきたりしないよね。


 ほっとする自分が嫌になる。でも、よかったという自分の気持ちに嘘は付けない。


 それにしても、振られたにしては随分と晴れやかな表情をしているような気がする。


 気のせい、だよね。


 それでも、その晴れやかに見えた本陣くんだからこそ、この提案があっさりと出た。


「合格祝い、やってなかったよね。卒業祝いや残念会も兼ねて、どこか行く?」


「おお、それはいいな。早速、今日これから行くとするか」


「今日? そんな急な」


 でも知ってる。それが本陣くんだと。


「駄目か?」


「ふふ。ううん。いいよ」


 私は、今日という日にまだ告白なんてできない。


 だけど、本陣くんとは高校が一緒だ。あるいは短いかもしれないけど、まだ時間は確かにある。

 その中で、いつか必ず伝えよう。


 私の、大好きな人に。

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一位を取ったら彼女に告白する 成野淳司 @J-NARUNO

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