解答 美並菜水 第七話 謳歌
三学期が始まった。
本陣くんとのことで、今までと違う変化があった。
週二回の放課後の勉強会は依然として続いているとして、家にいるときにメッセージアプリのやりとりをする頻度と時間が格段に上がった。
あのミステリー小説の話題が多かったかな。
”あれって、やっぱり伏線だったのか?”
”どこで犯人に気付いた?”
好きなもののことで誰かと話せるのが、こんなに楽しいとは知らなかったな。
それだけでなく、取り留めのない雑談も楽しかったけど。
年始ともう一度、今年に入って、二回映画を観に行きもした。三回目の映画は、私が「次は本陣くんの番だからね」と、強く希望して本陣くんに映画を選ばせた。
本陣くんもこんなの観るんだなぁというような、頭を空っぽにして観るようなアクション映画だった。
たまにはいいかもね。たまにはね。
私たちは、楽しみ過ぎていたのかもしれない。
学年末テスト
一位 姫川悠子
三位 美並菜水
六位 本陣優
勉強を疎かにして。
「本陣くん」
「何だ?」
「何か、言うことはないですか?」
「日が暮れるまでが長くなったな。春は近いぞ」
「そうじゃなくて」
「髪型変えたか?」
「変えてないよっ! テストの結果だよ、テストの!」
学年末テストの順位発表があった日の勉強会、何事もなく勉強を始めようとした本陣くんに、私は痺れを切らして切り出した。
私たちは、順位が出るときを楽しみにと、お互いのテストの点数をそれまで教え合ったりしない。だから、お互いに相手が今回は順位を落とすであろう予想ができなかった。
勉強が不十分であったこととテストの手応え、そして明らかに落とした点数。
私は落ちると思っていたけど、まさか本陣くんはもっと落ちているなんて。
「美並は安定の三位以内だったな。さすがだ」
全然さすがじゃない。一位の姫川さんとはかなりの差がある三位だ。
二位の人とは僅差だけど、いつもなら大差で勝っている、四位から六位くらいの人だ。
成績が安定してから、私と本陣くん、姫川さんの三人は一位から三位の中で変動があっても、四位以下に落ちることはなかった。申し訳ない言い方をすれば、私たち三人の第一グループは、次の第二グループとですら相当の差があった。その差が埋められているどころか、抜かされているのだ。
さすがじゃないなんてことは、本陣くんも分かっているはずだけど。
「三位なだけだよ。分かっているでしょう?」
「そりゃあ、点数は落ちているが。十分いい点数だし、いい順位じゃないか」
本陣くん、どうしてしまったの?
「本陣くんは、六位だけど」
「俺の最初の順位を知っているか? 十三位だぞ。六位なんて立派じゃないか」
違う。
「姫川さんに勝っていないどころか、差がついているけど」
「脱帽だな」
違う。こんなの、本陣くんじゃない。
姫川さんに、いつも勝っていたいんだよね。
私も勝ちたいし、本陣くんと隣の順位にもいたい。それは、つまり。
「私は、本陣くんと一位二位で並んでいたいのっ!」
……。
私は、唐突に何を言っているのだろう。そういう願望があるのは確かだけど、こうして口にしてしまうなんて。余程、今回のテストの結果と煮え切らない態度の本陣くんに憤ってしまったらしい。
自分のせいでもあるくせに、勝手だな、私。
本陣くんが固まっている。
落ち着いてくると、何だか告白みたいになっていないかと恥ずかしくなる。
「あ、いや、違くて。折角一緒に勉強しているのだから、一位二位で決めたいな〜なんて」
「すまない。美並がそんなことを考えていたなんてな。冗談を言っている場合じゃなかったな」
ん?
「冗談、だったの?」
「俺も今回の結果には大いに反省している。少し、気を緩めすぎたな」
何だ。ちゃんと気にしていたのか。私は一人で馬鹿みたいだ。
「美並から借りた本もだが、美並と話している時間も楽しくてな。勉強不足なのは分かっていたが、止められなかった」
え?
私との時間が、楽しかった? 本陣くんもそう思ってくれていたの?
どうしよう。凄く嬉しいんだけど。
顔、赤くなってないよね。冷静に。落ち着いて。
「本陣くん、大分読み込んでいたもんね」
私との時間ではなく、本の方に話題を逸らす。
「ああ。面白くて楽しかった。ありがとな。語り合いたいことはあるが、読むのは今出ている分は全部気が済むまで読んだから、そっちに時間が取られることはないな。今度返すよ」
読み込みが半端ないと思っていたけど、数度読んでいたのか。いや、二度目以降は要所を拾っていたのかもしれないけど。
「うん。楽しんでくれて何よりです」
「しかし、意外だったな」
「どの事件が?」
「いや、本の話じゃなく。美並のことだから、俺の成績が落ちたのは、本を貸した私のせいだなんて言い出すかと思っていたが」
そう思っていないわけじゃない。ただ、本陣くんは私のせいとは思っていないだろうし、言わないだろうと思っていた。私のせいと言えば、却って気を使わせてしまうと思ったから。それに、本陣くんなら勉強もしっかりとやるだろうとの思いもあった。でも、そこに甘えてしまっていただろうか。
「思っていないわけじゃないよ。だから、そう思わないように頑張ってほしかったな」
更に甘えてしまう。追い込んでどうする。
「手厳しいな。だが、美並のせいじゃないのは確かだ。これは、俺が娯楽にかまけて勉強不足になっただけのことだからな」
やっぱりそう言う。もう、分かっているんだから。
あれ? 私が自分のせいだと言うと思っていたとしたら、あの冗談って。
「もしかして、本陣くんが順位について茶化していたのって、私の、ため?」
本陣くんが『何を言っているんだ』というような顔をする。
「いや、ただ冗談を言いたかっただけだぞ」
そうですか。私の期待を返せ。勝手な期待ですけども。
「何にしても、これからは美並にメッセージを送るのも控えることにするよ。悪かったな、美並の勉強も邪魔していただろう?」
ちょっと待って。
「そんなことないよ!」
邪魔だなんて思ってない。本陣くんじゃないけど、私の成績が落ちたのは私のせいだ。
本陣くんとのやり取りが楽しくて、すぐに返信して、ついつい長くなって。
心が躍り過ぎて、勉強への集中も欠けてしまって。
それは、私の問題だ。
「邪魔なんかじゃないよ。私も楽しかったし」
同じ条件の上にあのシリーズ本を読み込んでも、本陣くんは切り替えが上手だと思っていて、成績を下げるとは思わなかった。私こそ邪魔だったかもしれない。でも——。
もっと、上手にやることも出来るよ。だから、そんなこと言わないでよ。
「だから、回数減らすとかしてさ、それは今まで通り続けようよ」
「やめるとは言ってないぞ。控えると言っただけで」
絶句。
私が心を乱した時間を返せ。控えるなんて曖昧な言い方以外に何かあっただろうに。
「本陣くんは、もっと反省していいと思う」
「勉強不足のことか? それなら十分したが」
本当に、この人は。
「私への態度です」
「はぁ」
変わらないな。
「もういいです。いい加減に勉強を始めよう。これからは切り替えを大事にしていこう」
「俺のメリハリの良さを見せてやるよ」
でも、決して嫌いじゃない。
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