解答 美並菜水 第五話 提案

 あの諍いや、遥さんや姫川さんとのやり取りから大分月日は過ぎて、二学期末テストが近付いてきていた。


 あの後、黒島さんや白柳さんが何か言ってくることもなければ、余所余所しくしていた女子たちも少し緩和された気がする。おそらくは、姫川さんが言葉通りに何かしてくれたのだろう。



 そして、本陣くんとの勉強もはかどり、安定した精神状態で受けることの出来た二学期末テスト。


 一位 姫川悠子

 二位 美並菜水

 三位 本陣優


 圧倒的だった。私と本陣くんはほぼ変わらない点数ながら、高水準な点を取っていた。それを大きく上回る、満点に近い点数を姫川さんは取っていた。


 勉強も精神も十分な状態でのこの差は、心を折りにくる。いや、今の私は折れないけど。



 二学期末テストの結果も出て、冬休みも近付いてきた、ある日の放課後。

 私は、もう慣れたように本陣くんと勉強していた。


「なぁ、美並」


 本陣くんが声を掛けてくる。「ここ、お前ならどう解く?」とか「こういうの、どう勉強してる?」かな。もう大体パターンは分かっている。


「何?」


「冬休みさ、どっか出かけないか」


 ……。


 は?


 今までにないパターンがやってきた。本陣くんが遊びの誘い? からかっているのだろうか?


「急にどうしたの?」


「いや、なんか勉強というものにいささか疲れてな」


 斜め下を向いて、虚ろな表情で本陣くんが言う。


 何だ、そのナルシスな態度は。いや、元々こんなものだっただろうか? こんなものだったかもしれない。


 それにしても、本陣くんが勉強に疲れる?


 思わず窓の外を見る。


 雪は、降ってないよね。


「どうしたの? 急に」


「さっきと言葉が逆になっただけだぞ」


 あ。

 いけない。どうやら私も動揺しているようだ。


「いや、分かってる。今度は、勉強に疲れたことに対してだな。それは、あれだ。俺も人の子だったということだ」


 別にそれ以外だと思ったことはないけど。


「はぁ」


 思わず気の抜けた返事をする。いや、どう返せばいいのか分からないんですけれども。


「駄目か?」


 どこか弱々しく、とても本陣くんらしくない表情と発声で聞いてくる。思わずドキッとする。弱々しい本陣くんになのか、誘いそのものになのか。


 落ち着け、私。


 そうだ。そもそも複数人でという話なのかもしれない。それはそれで、集団が苦手な私には参加しにくいけど。


「えっと、他に誰が行くのかな?」


「いや、二人のつもりなんだが」


 まぁ、そうだよね。


 会話はしても特別親しげにしている人もいない本陣くんだから、予想がつかなかったわけではない。けど、はっきりと示されたその答えにドキドキが増してしまう。


 女の子を誘っているのに、随分と平然としているなぁ。いや、それ程に女子として意識していないということか。私だもんね。でも、ほんの少し悔しいのでからかってみることにする。


「それって、デートの誘い?」


 言ってしまった。最近の私も、本陣くんとの距離感がおかしくなっているのかもしれない。


「デート? いや、そんなつもりは全くない。友人とちょっと息抜きに出かけるくらいに思ってくれ」


 やはり平然としている。本心なんだろうなぁ。でも、友人か。友達。まぁ、よしとしよう。何をだろう?


 さて、それにしても学校の外で会うのか。一緒に歩くのに恥ずかしくない服があるかな? 本陣くんはあまり気にはしなさそうだけど。一番の問題は学校での知り合いに見られることだろうか。いや、遥さんにこんなことを言われたことがあるのを思い出す。


「本陣と付き合ってるのか? クラスでも気にしている奴がちらほらいるぞ。今のところ、そいつらに答えは教えてやらないけどな」


 今更、か。


 溜め息をついて、私は返事をする。


「うん。いいよ」



 その後、日にちの話をして、クリスマスが終わってからの二十六日ということになった。クリスマスも特に予定はなかったけど、さすがにクリスマスに男女二人で会うのは抵抗があったのでよかった。


 日にちはいいとして、一つ難題があった。


「どこに行けばいいか、よく分からないんだよな。美並の行きたいところでいいよ」


「え? そんな、本陣くんだって行きたいところの一つや二つ」


「任せるよ」


 本陣くんから誘っておいて、場所を丸投げされてしまった。

 私は別に男性がそういう計画を立てるべきとは思っていないけど、誘った方が案を出すべきではないかとは思う。


 せめて、一緒に考えようよ。


 とはいえ、その場でそれを言わなかったのは、本陣くんの疲れ、いや落ち込みが目に見えていたからだろうか。


 一緒に頑張っている仲間で、色々と助けてもらってきたから。今度は、私が何かお返ししないと。


 そんな心持ちだったのかもしれない。



 とはいえ、どこへ行こう。

 いや、一応本陣くんには確認をとるから、どこを提案しよう、か。


 その日の夜、自室にて机を前にしているものの、勉強を始める気にもなれず、悶々とそのことを考える。


 本陣くんは私の行きたいところでいいとは言ってくれたけど、本陣くんも楽しめる場所がいいよね。


 でも、男子どころか女子ともどこかに行くことがない私には、一般の中学生が好んで行くところというものがよく分からない。


 ネットで探ってみても、その情報の正否は不明。出来れば、身近な人の実体験に基づく情報がほしい。


 そうだ。今の私にはそれを聞ける相手、遥さんがいるじゃないか。


 早速、遥さんにメッセージアプリにてメッセージを送ってみる。


 ”こんばんは”


 ”友達とどこによく遊びに行く?”


 ややあって、返信が返ってくる。


 ”おう”


 ”カラオケやボウリングかな”


 ”遊びとは違うかもだけど”


 ”ショッピングモールにも行く”


 時折、遥さんとはメッセージアプリでやり取りをすることがあるけれど、今日も相変わらずの早さで次々とメッセージが飛んでくる。

 運動に特化しているようで、スマホも使いこなしている。人付き合いが多いことが関係しているのかもしれないけど、頭の下がる思いだ。


 どれもネットで得た情報に入っていた場所で、遥さんとその友達の話でしかないけど、一応合致して悪くない場所としての確認は取れた感じだろうか。


 ”ありがとう”


 ”参考になった”


 そう送って、一息ついたと思ったら、すかさず遥さんから返信があった。


 ”ん?”


 ”あたしへの誘いじゃないのか?”


 ”さては”


 言葉の選択を間違えてしまっただろうか。遥さんに勘付かれてしまったようだ。


 ”まぁいいや”


 ”でも”

 

 ”あたしの想像通りなら”


 ”あいつに常識は通用しないから”


 ”菜水の行きたい場所でいいと思うぞ”


 こちらが止める言葉を送る前に、ぽんぽんとメッセージが増えていく。遥さんはここで手を止めたようで、ようやく私のメッセージが入る。


 ”な、何を言っているのか”


 うん。私が何を言っているのか。


 ”はは”


 ”今度はあたしとも遊ぼうぜ”


 切り替えたかのように、遥さんから先程までとはがらりと違うメッセージが入る。

 私は、それに返していく。


 ”うん”


 ”本当にありがとう”


 ここで終わったかと一旦はスマホを置いたものの、少し経ってからもう一度、思い出したかのように追伸のメッセージが届いた。


 ”そうだ”


 ”本陣に常識は通用しないと言ったけど”


 ”あいつも男子だ”


 ”カレーパンでも食わせてやれば”


 ”喜ぶかもしれないぞ”


 濁していたのに、もう本陣くんの名前を出してるよ、遥さん。それと、その情報は一体。


 ”よ、よく分からないけど、分かった”


 私の支離滅裂なメッセージをもって、今度こそ今回のやり取りは終わった。


 

 さて、出てきた候補を熟考してみよう。


 ショッピングモール。本陣くんと何かを買う姿が想像できない。


 カラオケ。人前で歌うのは苦手だ。ひたすら聴き役に徹していれば。いや、本陣くんが気まずいだろう。


 ボウリング。運動神経が悪い私は酷い点数が出そうだ。笑える下手さ加減ならいいけど、笑えない下手さで本陣くんが居た堪れない。


 全滅。


 うう。本陣くんや遥さんの言った通り、私の行きたい場所か。


 うーん。


 ふと、本棚の本が目に止まる。

 本棚のほとんどを占めている、ミステリー作品のシリーズ小説とそのコミカライズ。


 そういえば、実写化映画で一般的にも話題になっていたっけ。


 映画の公開日は数日後。二十六日にはまだ観客が多そう。人が多いのは好きじゃないから、観客が落ち着いたころにでも行ってみようかなと思っていたけど、本陣くんも頭を使って推理するのは好きそうだし、人が多いのは我慢して、これを提案してみようか。


 明日の学校を待たずに、私は本陣くんへメッセージを送った。


 ”遊びに行く件だけど、映画はどうかな?”

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