解答 美並菜水 第四話 思慮

 二学期の中間テストの結果から生じたいさかいの翌日、同じクラスの社遥やしろはるかさんが、諍いを見ていたということで声を掛けてくれた。


「何か、困ったことがあったら、相談しろよ」


 そう言ってくれた遥さんとは、直後に連絡先を交換して、スマホのメッセージアプリでやり取りをした。


 ”助けに入るのは美並のナイトに任せた”


 助けに入れないくせに、いい人と思われようと言った言葉ではなく、本当に言葉通りなんだろうなと思う人だ。本陣くんがいなかったのなら、助けに入ってくれていただろう。


 更にその翌日、今度は姫川さんがそのことで私に近付いてきた。


「あの、美並さん、これ」


 姫川さんは一人で来ていて、私たちの周りにも人は大していなかったと思うけど、それでもひっそりと、一通の手紙を渡していった。


 美並さんへ


 話は遥から聞きました


 私のお友達が本当にごめんなさい


 お友達が私のためにしてくれたことで、原因は私にあると思っています


 同じことが起きないように私も動きます


 私はともかく、お友達のことは許していただけたら幸いです


 もしも私絡みのことで何かあったら、いえ、そうでなくても何か話があるのなら、いつでもご連絡ください


 と、綺麗かつかわいらしい字は、手紙下部の連絡先へと続いていた。


『知らなかったとはいえ』とも書いていなければ、『許してください』とも書いていなかったことに人柄が出ていて、好感を持てる文章だった。


 遥と書いていたことや黒島さんたちの名前が出てこないことが気になり、後で遥さんに聞いてみた。遥さんと姫川さんが同じ小学校の出身であることや、遥さんが姫川さんに諍いを起こした人物が誰かまでは言っていないことを知った。


「黒島も白柳も、悠子に知られるのだけは避けたいだろうと思ったからな。庇う気はないけど、追い詰めたら何をするか分からないしな。でも、当事者は菜水だ。許せないのなら、言ってやってもいいと思うぞ」


 遥さんはそう言っていた。

 あの一件は怖かったし、傷付きもした。本陣くんのおかげで深く傷付くことはなかったけど、傷付いたことに変わりはない。でも、本陣くんにあれだけ言われた黒島さんも傷付いただろうし、そこには同情もしていたくらいだ。なので、言うつもりはなかった。


「遥さんは優しいんだね」


「まぁな」


「姫川さんも」


 誰が起こしたか分からない、姫川さんが望んでいない、姫川さんのためという勝手な行動。それについて、あんな風に謝れる姫川さんにも優しさを感じた。


 外見だけでなく、中身もいいから人が集まるんだろうな。


「でも、あいつ、あたしの顔面に至近距離からドッジボールぶつけるような奴だぞ。勘違いはあったようだけど、普通やるか?」


「え、ええ?」


 前言撤回かもしれない。


「まぁでも、ああいうのをもっと見せていってたら、姫様万歳みたいなのも集まってこないと思うんだけどな」


 そう言う遥さんは、どことなく淋しそうだった。


 姫川さんへは手紙の返事として、一応スマホに連絡先を登録して、文章を送らせてもらった。


 ”お手紙読みました”


 ”私は大して気にしていないので、どうか姫川さんも気にしないでください”


 無理をして書いた事務的な文章みたいになってしまった。

 でも、こんな感じでいいかもしれない。

 姫川さんを中心とするあの輪の中に入ることなく、姫川さんと仲良くなるのはとても危険なことに思えた。


 集団に属することなく、個別な特別扱いを受ける者は疎まれる。


 姫川さんと仲良くなりたい気持ちはあるけど、あの輪に入れない私は引き下がった方が無難だろう。でないと、個別に仲良くしているのが判明した際に、また私を攻撃する人が現れないとも限らない。


 姫川さんから返信が来る。


 ”ありがとう”


 そう一言だけ。


 うん。少し淋しいけど、これでいい。これで。

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