奔放 社遥 後編 友達
黒島(と白柳)の襲撃の翌日、いつもより早めに、始業十分ほど前の登校をして教室に入ったあたしは、すぐに美並のところへ向かった。
美並は机に向かって、勉強していた。
朝からよくやる。頭がおかしくなったりはしないのだろうか? まぁ、成績上位に入るような奴は、あたしとは頭の出来が根本的に違うんだろうな。
「おはよ、美並」
美並の席の前で声を掛ける。
声に反応した美並は、手を止めて上を向いた。
「あ、おはよう、社さん」
美並が笑顔であいさつを返してくる。昨日のダメージは特にないように見える。
本陣のおかげか。
「えっと、何か、用、かな?」
あいさつを交わしても立ち去らず、その場に居続けたことをおかしく思ったようで、美並がそう聞いてくる。
「ああ、その、何だ」
少し、周囲を見渡す。
何かあったのかと、勘繰られても面倒だからな。
「何か、困ったことがあったら、相談しろよ」
「え?」
美並が戸惑った気配を見せる。
確かに、クラスメートが急にこんなことを言ったのならそうなるか。いくらなんでも言葉が足りなすぎる。
「ちょっと、連絡先を交換しようぜ」
そう言って、あたしはスマホを取り出す。
何がちょっとか分からない上に、強引さが目立つ気がする。誰かこちらを見ていて、社が無理矢理に美並の連絡先を聞き出してるとか言い出さなきゃいいが。
「う、うん」
特にそんなこともなく、美並も素直に応じてスマホを取り出してくれた。
「ええっと」
美並が操作に戸惑っている。おそらくはこういったことに慣れていないのだろう。
「あたしの方でやるから、美並は待ってな」
「うん。ごめん。よろしくお願いします」
あたしの方から言い出したのに、何か変なことになったな。謝ることも頼むこともないぞ、美並。
「よし。これでいいな。じゃあ、美並、またすぐ後でな」
「え? う、うん?」
交換作業を終えると、そんなやり取りをして自分の席へと行った。
そして、座ってすぐにスマホを操作した。美並とメッセージアプリで会話するためだ。
これで、誰にも聞かれることはない。思えば、部活に行くのが遅れようとも、放課後とか人気がないときに話せば良かったのだけど、会ったら話そうと行き合ったりばったりすぎた。
まぁ、やってしまったことは仕方がない。
”いきなりですまないな”
”実は昨日見てしまったんだ”
立て続けに送る。しかし、美並から中々返事がこない。
美並の席を見ると、懸命にスマホを操作していた。慣れていないから遅いようだ。改めて、選択を間違ったことを反省した。
しかし、ここまできて後で話すのも違う気がするし、このまま突き進もう。
”見たって何を?”
しまった。向こうも話したくない内容なわけで、確信をつかなければあのことだと言わないじゃないか。
始業時間も近い。だらだらとやり取りをするより、一気にいくか。美並も操作に慣れていないようだしな。
”黒島と白柳との件”
”悪い”
”見ていながら、助けに入るのは美並のナイトに任せた”
”な、ナイトって。別に本陣くんはそんなんじゃ”
”別に、本陣とは言ってないけどな”
送った後で、ちらりと美並の方を見る。顔が赤い、ような気がする。
かわいい奴め。
”むー”
返事までかわいいのが来たな。
でも、そろそろここまでか。
”ともかく、また悠子のことで何かあったらあたしに言え”
”いや、別のことでもいいぞ”
”本陣との恋愛相談でもな”
”ありがとう、社さん”
最後の茶化したことへの反応も期待したが、向こうももう時間がないことを考えてか、それだけ返ってきた。十分ではあるけども。
その言葉を噛み締めている内に、始業のベルが鳴る。
ぎりぎりだったな。
でも、担任はまだ来ていないのをいいことに、最後に一言だけ送っておいた。
”遥でいいぞ、菜水”
後は、もう一人の方か。
その日の昼休み。
あたしは悠子の教室へと向かった。
後方の戸が開放されている。そこから、悠子の席であろう後ろの席に一つの集団が見えた。
やはりと言うべきか、親衛隊に囲まれながら談笑している。同じクラスの奴がほとんどだろうか? このクラスを含め、他のクラスの生徒編成は完全には把握していないから分からない。
黒島と白柳はその中にはいない。
白柳は自分の席と思われるところで一人ぼんやりしていた。黒島は姿そのものが見えない。
悠子が昨日のことを知らないとはいえ、ばつが悪いんだろう。
あたしと同じクラスの奴はいないようだけど。
同じ小学校からの出身の親衛隊がいないことも確認する。
好都合だ。あたしが近付いたとなると警戒される恐れがあるからな。
もう一つ、好都合なことが起きた。入口で様子を窺っていたあたしに、悠子が気付いたのだ。こちらから集団に入っていくよりも、悠子に来てもらった方がこっそりと話ができる。
あたしは、悠子に向かって軽く手を挙げる。
悠子は少しだけ周りを見た後で、人差し指を自分に向けて『あたし?』と言うような仕草と表情をした。
なので、あたしは『そうだよ』と言うように頷くと、人差し指でこちらに来るように招いた。
しまった。感じが悪かったか。親衛隊に不審がられなければいいけど。
親衛隊の何人かは、悠子が人差し指を自分に向けた辺りから、ちらほらとこちらに視線を向けていた。
お姫様の視線を釘付けにしてしまって悪いが、どうか付いて来てくれるなよ?
悠子が席を立つ。親衛隊の一人が何か言ったようだけど、悠子はそれに何か言葉を返し、手で制した。
(姫、大丈夫?)
(大丈夫。小学校からの知り合いだから)
とかだろうか。そのまま一人で歩いてくる。
やがて、あたしと近くで向かい合った。
こんな距離になるのはいつ以来だろう。マジでドッジボールで顔面に当てられた時以来かもしれない。
「何か用? 随分と久し振りじゃない?」
何だか嬉しそうに、笑顔で悠子が言う。
何がそんなに嬉しそうなんだか。あたしとの会話をか? まさか? 何にしても、ここで会話を繰り広げるつもりはない。
「ああ、そうだな」
それだけ返答した後で、一呼吸置いてから小声で続きを話す。
「ちょっと、話がある。昼休みが終わる十分前くらいに、屋上扉前の階段上まで来てくれるか?」
鍵が閉まっている屋上の扉、そこに向かう階段は人がそうそう来ない場所だ。告白にもよく使われるらしいけど、あたしにはまだ縁がない。勇気を出してもいいんだぞ、あたしを好きな奴。
「ここでは、駄目なのね」
こっそりと話したいことを察したのか、悠子も小声でそう返した。
「ああ。トイレに行くとでも言って、一人でな。待ってる」
「分かった」
そうして、あたしたちは離れた。席に戻った悠子は何か聞かれるかもしれないけど、あの感じなら適当にごまかしてくれるだろう。さて、あたしはあたしで、とりあえず教室で時間を潰すことにしよう。
教室で適当に時間を潰していると、やがていい時間になっていた。あたしは約束の場所へと向かう。
途中に誰か、特に親衛隊と思われる生徒に見られていないか気にしながら歩く。
悠子が親衛隊にどう伝えてくるかは分からないけど、姿の見えない悠子を探しかねない奴らだ。昼休みの始めに悠子と話をしたあたしに何か聞いてきたり、何なら、後をつけてくる可能性もあるからな。でも、どうやら、その心配はないようだった。
屋上への階段を登っていくと、約束の場所である屋上の扉前に、既に悠子は来て待っていた。
「おう。早いな、感心感心」
「いや、呼び出した方が少しは早く来ているものでしょう? 全く」
そういうものか。ほぼぴったりなら問題はないと思うけど。
「それで、話って?」
悠子が早速聞いてくる。
そうだな。誰かが来るかもしれないし、手短にいこう。
「お前、親衛隊の管理くらいしっかりやっておけよ」
悠子が首を傾げる。あたしが何を言っているのか、よく分かっていないかのようだ。
「しんえい、たい? 何? 何のこと?」
本当に分かっていなかった。それはそうか。親衛隊はあたしが勝手に呼んでいたものなんだから。
「お前の取り巻き共のことだよ」
悠子が少し嫌そうな顔をする。
「取り巻きって……親衛隊だとか、私の友達のことを変に呼ぶのやめてくれる?」
友達、ね。まぁ本人がそう思うのなら、それでいいけど。
「美並、分かるか? 美並菜水。あたしと一緒のクラスなんだけど」
悠子の言葉には応えず、あたしは自分の話を進めた。
「美並さん? もちろん分かるけど。何で急に美並さんが出てくるの?」
美並が分かるのは話が早い。一年の時に同じクラスだったか、あるいは成績上位の顔馴染みってやつか。
「お前のお友達とやらの一人がな、菜水を脅してたんだよ。姫に一位を取らせろ〜ってな」
言い回しは少し違うけど、まぁこんな感じだったし、別にいいだろう。
「え?」
悠子が驚いた素振りを見せる。少し、考え込んでいるようにも見える、か?
「本当、なの?」
ああ、考えていたのは、お友達とあたしとどちらを信じたものかってところか。
「何で、嘘をつく必要があるんだよ」
「そうよね」
納得が早いな。あたしの信用度というよりは、嘘をつく無意味さが先行しているのだろうけど。
「その、脅していた子って?」
当然の疑問か。さて、どうしたものか。
「それは、聞かなくてもいいんじゃないか。お前に一番知られたくないだろうし。それにそいつなら、本陣が大分説教をくれてやったしな」
あんなことをした奴を庇うつもりはないけど、これ以上追い詰めると何をするか分からないからな。
「本陣くんが? どうして?」
知っているかどうか確認も取らずに本陣の名前を出したけど、あの我が道を行く男子はやはり知っているか。いや、キャラの濃さで知れ渡っているのではなく、本陣も成績上位だからかもしれないけど。
「どうしてって、そりゃあ」
菜水のナイトだからってのは、わざわざ言うことでもないな。そもそもあたしの冗談なところもあるし。
「その場に偶然居合わせただけだよ。あたしもだけどな」
あたしは隠れて話を聞いていただけだが、突っ込まれたくないので黙っていよう。
「そう」
悠子に動揺が見て取れる。自分の知らないところで、その自分のことを上げようと、他人を脅す友達がいたのだ。当然の反応か。
「それで、誰かも教えてくれないで、私にどうしろって?」
お姫様が。聞けば答えるとでも?
「それは、お前が考えることだろう?」
「そう、そうよね。ごめんなさい」
落ち込んだ顔をして、大人しく謝ってくる。これが、あたしの顔にドッジボールをぶつけた女か?
ああ、もう、これじゃあたしが悪者みたいじゃないか。
「グループ内で、遠回しに『こういうの嫌だな〜』とか言ったらいいんじゃないか?あとは次のテストで余裕の一位を取るとか」
悠子は少し考えるような仕草をして、ややあってから口を開いた。
「うん。そうね。何とか、やってみる」
落ち込んだ顔に、ほんの僅かに光が戻ったようだ。やれやれ、世話の焼ける。
「美並さんには、謝っておいた方がいいのかな?」
「お前が何かしたわけじゃないし、別にいいとは思うけど、もし何か言いたいなら、人が見てないときにするんだな」
「理由を勘ぐられるからね?」
「それもあるけど、お姫様と話したこと自体を、よく思わない連中が出そうだからだよ」
話の内容を勝手に考えて、良い話だと考えたら『姫と仲良くするなんて』という嫉妬、悪い話だと考えたら『姫が冷たくした相手には私もしていい』という同調、いずれにしても問題が起きそうだ。
「ねぇ、遥」
優しい声で、悠子があたしの名前を呼ぶ。少し照れる。
「な、何だよ」
「ひょっとして、あのドッジボールの後、遥が私にあまり近付かなくなったのって、今回のことみたいに、私の周りの子たちに何かされたの?」
本当に、このお姫様は自分の周りが何をしているのか全く把握していないらしい。天然もいいところか。いや、あるいは周りが気付かせないように上手い立ち回り方をしているのかもしれない。あたしにはよく分からないし、出来もしないだろうけど。
「まさか」
圧力をかけられていたのは事実だけど、近付かなかったのはあたしの意志であって、圧力のせいではないから否定した。
「ドッジボールを顔面に喰らったのがムカついただけさ」
それも違うけど、面白そうだからこれでいいや。
「先にぶつけてきたくせに」
おや。調子が戻ってきたようじゃないか。
「あたしはわざとじゃない」
「え?」
ん?
「わざとじゃ、なかったの?」
は?
「え? だって、男子が、遥は狙ったところに投げられる奴だから気を付けろって」
はああああああぁぁぁぁっ。
「いや、そりゃあ狙った奴に投げるくらいはできるよ。でも、そいつのどこかをピンポイントで狙うなんてできるわけないだろ」
「そう、なの?」
駄目だ、こいつ。まさか、ここまでの奴だったとは。
「ごめんなさい。私、勘違いで。ああ、そうか、それでぶつけ返されたらムカつくよね。嫌いにもなるよね」
「別に嫌ってはいないけど」
「本当? でも、ムカついただけでずっと近付かなかったなんて」
「はぁ。さっきのは冗談みたいなもんだよ。そうだな。たまたまだよ、たまたま。球だけに」
悠子が笑いもせずにこちらを真剣な眼差しで見つめている。
頼む。せめて、笑ってくれ。
「たまたま、話す機会が今日までなかっただけさ」
「そう。だったら、よかった」
悠子が嬉しそうに笑う。もしかしたら、あたしが大して気にしていなかったあのドッジボールの件を、そして今日までの関係を、悠子は相当気にしていたのかもしれない。
昼休みのベルが鳴る。
話し過ぎたようだ。でも、そうだな。まだ。
「大変。早く行きましょ」
「ああ、ただ、その前に」
あたしはスマホを取り出した。小学生の時、おそらくはお互いに持っていなかったものだ。
「連絡先、交換しておこうぜ」
少しだけ、悠子の時が止まったように感じたが、すぐにその時は動き出す。
「うん」
嬉しそうな、とても優しい声だった。
放課後、部活中。
「おりゃあ」
掛け声と共に、気持ちのいいスパイクが決まる。
「遥、今日はやる気十分じゃない?どうしたの?」
望が聞いてくる。あたしの答えは決まってる。
「別に、あたしはいつも通りさ」
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