奔放 社遥 前編 喧騒
とある日の放課後。
女子バレーボール部の部室にて、あたしは
「あれっ? ない」
バッグの中に練習着が入っていない。それなりに容量を占めるものなので、ないのは一目瞭然なのだけど、なぜかバッグの中をくまなくまさぐる。
まぁ、ないよな。
「どした、遥? ごそごそと」
同じ二年の
「いやぁ、練習着忘れちった」
「は? またぁ?
鬼先、女子バレーボール部の顧問である
「つっても、忘れたものはどうしようもない」
望がやれやれと言わんばかりに溜め息をつく。
「ほんと、あんたいい性格してるわ」
「見習っていいぞ」
「誰が」
着替え中の他の部員がくすくすと笑う。和んで何より。
「で、どうするの? 予備のサポーターくらいなら貸せるけど」
文句を言いつつも、世話を焼く望。あたしが同性を好きならほっとかないぞ。
「いや、予備のサポーターなら、あたしもロッカーに入ってる。ティーシャツと体育用のハーパンでやるさ」
練習着の予備を持っている部員もいるだろうけど、まずサイズが合わないんだよな。あたしがみんなより大きいから。誰も声をあげないのは、予備がないかそれを察してだろう。あたしに着られるのが嫌なわけじゃないはず。うん。多分。
「練習着の予備もロッカーに入れてたらいいのに」
さすが望。突っ込みも万全だ。だがしかし。
「予備も使った後なんだよ」
さしもの望も、これでノックダウンだ。ほら、顔から表情が消えていく。
「ハーパンに穴開け、馬鹿」
ハーパン(ハーフパンツ)は膝下くらいまであるから、飛び込んだ時に膝の部分が確かに危ないんだよな。もちろん、あたしはまくりあげるけどな。
遂に望はあたしに背を向けて、部室のドアに歩いていく。
「みんなー。誰かさんは放っておいて、練習に行こうー」
望は半ば棒読みでそう言った後、ドアを開けて出ていった。
「遥、早くしなよ。のぞみんの機嫌も損ねる前に」
「遥さん、急ぎましょう」
「わーわーぎゃーぎゃー」
部室を出ていく前だったり、着替え終わったところだったり、着替え中だったりで部員たちがあたしに何かしら言ってくる。人気者は辛いぜ。
さて、いい加減に動くとしよう。ハーパンは今日の午前にあった体育で使ったから、間違いなくあるはず。けど、バッグにはない。
あ。
別クラスの友達が、午後の体育に貸してほしいと言うので、貸したんだった。洗って返すと言ってくれたけど「自分ちで洗うからそのまま返してくれていいよ」って言ったから、持って帰ってはいないと思うけど、どうしただろうか?
とりあえず、自分の教室に行ってみることにする。机の上か、教室後方にあるオープンロッカーのあたしの棚に返っているかもしれない。
教室に戻ると、立って何か雑談している男女のグループと、机で一人勉強している美並が目に入った。
「これから、どうする?」
グループの一人が言う。放課後、どこかに遊びに行こうとでも言うのだろう。大して活動のない部に入っている生徒もいる。何部か知らない生徒も似たようなものなのだろう。
エンジョイ勢は自由気ままでいいねぇ。
そんなことを思いながら教室後方にあるオープンロッカーまで歩き、自分の棚を見る。持ち帰らなくてもいい荷物に、持ち帰らなければならない教科書などが紛れてあるのは内緒だ。
ないか。
ジャージやハーパンをここに入れておく生徒も多いし、ここに返してくれたかもと思ったが見当違いだったようだ。そのまま、自分の机を遠目に見る。
上、なし。中、なし。
位置と角度のおかげで、両方しっかりと見ることが出来た。視力も2.0で隙はない。
返しに来たけどあたしがいないから、家で洗って明日返そうと持って帰ってなければいいけど。
とりあえず、ある可能性に賭けて、友達の教室に行ってみることにしよう。
自分の教室を出ようと思った時、雑談していたグループが先に出ていく姿が見えた。この後の予定が決まったのだろう。
教室に残ったのは、あたしを除けば美並だけになった。
美並菜水。テストでよく上位に入っている女子、だったと思う。二年になってから一緒のクラスになったけど、あたしはあいさつと少しの雑談しかしたことがない。あまり人と一緒にいるところを見ないので、他の生徒もそうなんじゃないだろうか。
例外があるとすれば、二学期から放課後たまに一緒に勉強しているという本陣か。
本陣優。一年の時から一緒のクラスだった男子。
「それは俺に意味がなさそうだからやらない」
そんなことを言う、我が道を行くキャラなんだけど、言いたいことは言うはっきりとした奴だからか、不思議と嫌われてはいない。あたしも嫌いじゃない。人としては、まぁ好きだ。恋愛対象としては、面倒臭そうでありえないけど。
美並と本陣が放課後一緒に勉強しているということで、クラスでは『付き合ってるんじゃないの?』という話も出ている。同時に『あの二人だよ。本当にただ勉強しているだけなんじゃないの?』とも。聞いてみればはっきりする話ではあるんだけど、どうやら皆、今の推測している状態が好きなのかはっきりさせようとはしない。
あたしはといえば、正直どうでもいいので特に関わってはいない。好きにしてくれ。
美並を残して、自分の教室を後にする。
友達の教室に向かう際、廊下で見慣れた二人組とすれ違った。
黒島と白柳。本陣と同じように、一年の時に一緒のクラスだった奴らだ。
「ねぇ、ほんとに行くの?」
「行くよ。別に一人でもいいんだけど?」
強張った顔で、そんなことを言っているのが聞こえた。
なんだ?先生に何か直談判しに職員室にでも行くのか?
なんて思ったけど、今のあたしにはどうでもいいことなので、特に気には留めずに目的の場所に向かう。
友達の教室に着くと、生徒は誰もいなかった。
他の教室への出入りは普通にみんなしているけど、この状態だと忍び込んでいる泥棒のような気持ちになってきてしまう。
ここでもやはり、まず後方のオープンロッカーを見ることにする。
友達の棚を見つけると、棚前方にハーパンが見えた。
これは、おそらく間違いない。
手にとって、ハーパンの名前の刺繍部分を確認する。学校の指定ハーフパンツには必ず入っているものだ。
社 遥
よし。
返しそびれたか、自分のものと勘違いして置いたかは定かではないけど、ここに置いて帰ってくれて助かった。
自分のものを取っていくだけなのだけど、なんだか泥棒感が増した気になっていたその時だった。
「——はそんな——、——ないっ!」
かん高い怒声が響いた。
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