5「戦場」

土曜日になり、姫が来た。

姫は、動きやすい恰好をしてきた。

腕まくりが出来る上着に、コードや糸を引っ掛けない足にフィットするスパッツ。

腰まである髪は、丁寧に束ね、貰ったリボンを付けていた。

自分の使っている手芸用品をカバンに詰めて、今まで作った最高傑作を袋に何点か詰めてきた。


早速、キツメブランドが制作されている現場へと、姫は入る。

姫の目は、とてもキラキラしていた。

赤野の家は、見た目は洋風だが、中身は和風だ。

全ての部屋に畳が敷いてある。


春樹は、姫を見ると、部屋に入る手招きした。

姫は「失礼します」と一言いい、足を踏み入れる。

用意してあった座布団に、丁寧に正座し、早速自分の作品が入った袋を春樹に渡した。

春樹は、丁寧に開けて作品を隅から隅まで見る。

その間に、桜は、今日は仕事の夏也が用意してくれた、お茶とお菓子を姫に出した。


「私は、居間にいるからね。」


桜は、春樹と姫に一言いい、姫にとっての戦場を去った。

居間に来ると、仏壇の前に座った。


「ご先祖様、私の親友、姫をどうか合格させてあげてください。」


手を合わせて祈った。

すると、春樹の部屋から、桜を呼ぶ声が聞こえた。

桜は、再度、春樹の部屋に行く。


「桜、姫ちゃんに洗面所を教えてあげてくれ。」

「お父さん、それって。」

「ああ、合格だ。」


姫は、その一言を訊いて、今まで不安一杯だった顔を、笑顔に変えた。

桜は姫を洗面所へと案内する。

いつも春樹は、作る時には洗面所で手を洗うのは、桜は知っていた。

それを、姫に伝えると、何度も「作品を作る前には手を洗う。」と、言葉にして、まるで自分の脳に刻み唱えた。





それからは、春樹と姫は、今やっている仕事に取り組んでいる。

桜は、居間にて時間を見ながら、夏也が作った料理を用意し、春樹と姫に声を掛けた。


その時にも、姫は夏也の料理に手を合わせて、とても感謝をした。

居間にある仏壇を見ると春樹と桜に許可を得て、キツメブランドの手伝いを出来る嬉しさと、春樹を産んでくれた事を感謝する言葉を発して、手を合わせた。


その後も、桜は自分の宿題とそれ以上の勉強をしていた。

受験まで、後、四か月だ。

姫がこれからも春樹の手伝いをするとなると、姫を高校へと合格させなくてはならないと思った桜は、姫の為に無理ない程度の受験の計画と、勉強内容を用意する。


県立流石高校は、定員をこの地域に住む子供の人数にしているから、落ちる事はないが外部からくる場合もあり、漏れる可能性もある。

余裕だと思い勉強していないと、油断する。

だから、日々、勉強は必要だ。






今回の春樹が依頼された仕事は、運動会のハチマキを作る内容だ。

だが、色と人数が多く、それら全てに番号を振る。

番号は、ミシンで刺繍が出来るけれど、それが手間であった。


以前もハチマキを作る仕事を受けたが、その時には少人数の学校であり、数字は入れなくても良く、一人で十分だった。

だが、今回は違い、学校がこの年で廃校となるから、生徒達に何か思い出になる物をと思い、校長先生が依頼をしてきた。


人数が多いのだから廃校にはならないのでは?と思うのだが、学校の老朽化が原因で、このままでは地震が起きた時に潰れかねなく、学校を立て直しが決定している。

学校が再度建設されるのに、三年はかかり、その間の今の二年生と一年生は、学校から近くの高校に転入となる。


転入する時には、普段、試験があるが、免除する事により、保護者や生徒には納得して貰った。

それに、スクールバスの無料送迎や、駅の定期券の無料配布も効いている。


「一組が赤色、二組が青色、三組が黄色と分かれて、それぞれ百五十本必要だ。それに加え、今回は数字を入れるのと、それらを全てひっくり返す作業が大変で、どうしようかと思っていたんだ。それに締め切りが、十一月一日で、その高校の運動会が十一月三日の休みの日と聞いているし、他の依頼もあるし…本当に、姫…ちゃんでいいか?姫ちゃんが、良い腕を持っていて、手伝ってくれてありがたいよ。」


春樹は、姫の呼び方を確認しながら、作業内容と依頼内容を話して、作業をさせる。

姫は、キツメブランドの忙しさを知った。

この部屋で、赤野春樹一人で、あの作品の数々を作っていたと思うと、姫は気持ちを引き締める。

あこがれの人は、とても自分に厳しい人であった。


「いえ、私は、春樹様のお役に立ててうれしいです。」

「その、様はやめて欲しいな。呼び捨てでもいいけど、それで納得いかないなら、さんでお願い出来る?」

「え、そんな慣れ慣れしいの恐れ多いです。」

「その俺が良いって言っているんだよ。それに様付けは少し大変な覚えがあるんだよね。」

「……わかりました。春樹さん。」

「うん、姫ちゃん。」


その様子を見た桜は、心の中で安心した。






今日は、午後五時までとなり、丁度帰ってきた貢が姫を家まで送った。


その間に、夏也が帰って来て、桜と一緒に夕食作りとなった。

夕食は、今日は、少し寒さもあり、皆で囲んで食べられる鍋となった。

具材を切って煮込むだけだが、具材の切り方によっても味が変わってくる。

それに、スープの出汁もある。


夏也が出汁を作り、具材は、夏也が予め説明し、その通りに桜は切る。

煮込んでいる間に、お皿や箸を用意する。

出来上がり、真ん中に置くと、早速食べる。

鍋の蓋を開けて、小さいお皿に少しだけ取り分ける。

取り分けた物を、仏壇に飾った後。


「いただきます。」


食す。

一仕事終え、凍え切った体に鍋の具材とスープが沁み込む。

沁み込むと、凄く温かくなっていった。


「それで春樹、姫ちゃんはどうだった?」


夏也が話をする。


「いい腕だと思うよ。続けて行けば、もっと上達すると思う。今の状態では確定は出来ないけれど、これからも手伝ってくれるとありがたいと思っている。もしも、俺の元で働きたいと、高校卒業した後も言ってくれるなら、それなりの覚悟と準備をしたいと思う。」


夏也に今日の報告をした。

春樹は、この一日で姫を気に入ったらしい。


それは仕事の腕をって事であり、決して国田姫個人を気に入ったわけではないのは、夏也は知っている。

その証拠として、夏也も姫を採用するのに反対はしていない。


「わかった。何とかしてみよう。しかし、春樹がそこまで期待する人材とは、一度調べてみるかな?」

「お爺ちゃん、その言い方だと怪しい人だよ。」

「え?そんな事は決して…、そんなに怪しい言い方だったか?」

「調べてみるかは、本当に怪しい。それに、お爺ちゃんが知りたい情報は私から訊くから、教えてよ。」


すると、春樹と夏也は少し笑い。


「本当にお義父さんは、昔から変わってないんだから。」

「全く、怪しいのは、見た目だけにしてよ。義父さん。」


その言葉から、桜は。


「見た目、怪しいの?」


桜は貢を見慣れていたから、怪しいとは思えなかったが、最初に貢は春樹の前に現れた時には、とても怪しいかったのを、話した。

夏也もそれを思い出し、笑っている。


「どうしたら、怪しまれないんだ?」

「そのオールバックを何とかしたら、いいんじゃないかな?」

「前髪を下ろせと?」


その提案を貢は受け止めた。






次の日になり、姫は同じ時間午前九時に来た。

この日も、ホテルで働いている夏也は仕事だ。

貢も、急に入った仕事があり、前髪を下ろしたまま出勤していった。


桜は、同じく勉強をしながら、春樹と姫の様子を確認し、昼食を誘った。

ほぼ、昨日と同じ生活である。

姫は、本当に春樹の手伝いを完璧にこなしているようで、目が輝いていた。

その日に、全ての作業を終えた。


「終わりです。姫ちゃん、お疲れ様とありがとう。」

「いえ、学ぶことが多く、とても感謝をしています。よろしければ、忙しい時には私を召喚してください。何をしていても急いで駆けつけます。」

「ありがとう。それで、梱包まで手伝ってくれると嬉しいけど、いいかな?」

「はい、喜んで。」


梱包作業も大変だった。

全てのハチマキを一つずつ、一袋に入れていく。

番号順に並べて、段ボール箱に詰めて、手紙を添えてから、箱に封をする。

三枚複視の送り状に宛名を書いて、段ボール箱の上に置いた。


「こうやって送るのですね。」

「そうだよ。それと、出来上がった時に、メールも送る。いつ届くのかが予想出来るでしょ?それに、相手は、学校。月曜日に送ると、学校が開いている時に届くから、曜日も相手先を考えて置くといいよ。」

「わかりました。」


姫は、とても勉強出来て満足という顔をしていた。

その姫に、桜は一つのノートを渡す。


「これ、受験対策の問題。これから、お父さんの仕事を手伝うなら、勉強時間が減るでしょ?減ってもこれさえやれば大丈夫よ。」

「桜、私の為に、ありがとう。」

「一緒に高校通いたいから、私の願望でもあるの。迷惑じゃなかったらだけど。」

「ううん。とっても嬉しい。」


姫は、桜からノートを受け取ると、胸に抱きしめた。

思ったよりも早く作業が済み、休憩となった。


桜は、居間に来た春樹と姫に向かって、少し口を上に反った。


「実は、父さんからでね。」


冷蔵庫から、プリンが出された。

ただのプリンではない。

色々なフルーツやクリームが乗った、プリンアラモードだ。

それを一人分ずつ出した。


「父さんが、作業が終わったら出すように言われていたんだ。今日中に終わるだろうって…姫?」


姫が、目の前の出されたプリンアラモードを見て、固まっていた。


「こ…これを、私が食べても。」

「いいよ。」

「ありがとうございます。夏也様。」


手を合わせて、いただきますをいい、食す。

疲れた体に、甘い物が沁み込んで来た。


姫の様子を見ると、嬉しくなる桜。


この日も、貢が帰って来て、姫を家まで送った。

そして、前髪を下ろした貢は、職場で人気であった。

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