4「苛立」

最近、桜には思う。


桜は、春樹見たいに手が器用ではない。

夏也みたいに、おいしい料理を作れるわけでもない。

姫みたいに、目標をしている人がいるわけでもない。

貢みたいに、重宝されているわけでもない。

自分の得意分野がわからない。


だから、何もない自分に少しだけ嫌気がある。

提案を受け入れてくれたのは、とても嬉しかったが、少しだけ寂しい思いもあった。




提案を受け入れてくれた両親にお礼を言うと、さっさと夕ご飯を食べ終わった。

その後、お風呂に入る。


お風呂の順番は決まっていて、桜、夏也、貢、春樹だ。

夏也は、朝、早く起きる為、最初に入っていたが、桜が家に来てからは、桜が最初だ。

これには訳がある。


桜に、男が入った後のお湯には入ってほしくない気持ちだ。

それを桜も知っているから、とても感謝をしている。


「桜。」


お風呂に入る用意をしている桜に、貢が話しかけた。


「何?お爺ちゃん。」

「桜は、足が速い。」

「えっ、うん。」

「だから、それを生かせる道もある。だから、その。」


貢は、桜の頭を撫でた。

そして、目を桜と合わせて。


「大丈夫だ。」


一言。

桜は、貢が言いたい内容がわかった。


「ありがとう。お爺ちゃん。」


それから、桜はお風呂に入り、宿題をし、歯磨きをして眠った。

眠った桜を、貢は見て、自分も眠りについた。




次の日、桜は姫に、春樹と夏也が許可を出した話をした。


「本当に?本当に本当?」


姫は、とても嬉しい気持ちを溢れさせない様に、胸の辺りで両手を広げていた。

桜は姫の様子を見ると、話をしてみてよかったと思い、姫の手を握った。


「本当だよ。だから、明日はお弁当を期待して、と、今度の土曜日、一番いい作品を持って私の家に来てよ。その作品の出来次第によって、キツメブランドの手伝いしてもいいって、本当に良かったね。」

「本当だよ。ありがとう、桜。」

「いや、別に私は何も、話をしただけだし、お父さんも父さんも、娘の願いを叶えてくれただけだから、姫は気にしないで、誕生日祝われて。」

「そんな事ない。桜が、ちゃんと話をしてくれたからだよ。私、これからも桜を護っていく。桜は、私にとっては、女神様だよ。」


姫は、桜が握ってくれた手を自分の手に取り、片膝を折り曲げ、丁寧に手の甲にキスをする恰好になった。

桜は、そんな姫を見て、頬が赤くなるのを感じる。


「ひ…姫、そんな、身体を正してください。なんか、恥ずかしい。」

「へへへ…、一度してみたかったんだ。忠誠っていうの?」

「忠誠って…ゲームのやりすぎじゃない?」

「まあ、この名前だし、その手のゲームって結構やっているんだよね。桜もやっているでしょ?」


姫は、身体を正しくしながら、桜と話をした。


「まあ、私はゲーム、お祖母ちゃんが持っていた物だけやっているよ。お祖母ちゃんのゲームやっていると、なんか懐かしい感じがするんだよね。」

「それは、何か、お婆様の記憶をたどる的な。」

「そうなのかな?」

「きっと、そうだよ。お婆様、桜の身体を借りて、好きなゲームやっているんだよ。」

「そんなオカルト的な。」


そんな話をしながら、授業の時間になった。


ちなみに、姫が桜に膝まづいてキスをしようとした光景は、その場に居たクラスメイトはなぜかドキドキして、今日の授業は集中出来なかったのは言うまでもない。




それが無くても、桜と姫は、とても目立つ。

髪の毛の長さもあるが、それ以外にも、名前も印象が深くなる。


二人が、幼馴染なのは、周りは知っている。

二人の間に入れる者がいるなら、それは全てを飲み込む魔王位だろう。

なのに、桜に告白する者が居るのは、とても勇気のある勇者だ。

けど、後ろには姫が居るし、姫の前には三人の騎士が居る状態だ。

いくら勇者でも、その四人を相手にするのは、とても大変だ。


それを桜は知っているからこそ、勇者の申し出を断っている。

姫も告白されるのだが、姫は姫でもう仕える人を決めている為に、勇者であろうと断っている。

ゲームの世界では、勇者と姫は結ばれるが、現実は厳しい。






今日は過ぎて、十月十五日、姫の誕生日になった。

姫は、凄く髪の毛をいつも以上に綺麗にし、格好も正し、清潔に丁寧に手を洗い、目の前に置かれたお弁当箱を見た。

姫にとっては、宝箱で、中からは何が出てくるのか、楽しみだ。


「さ、食べよ。お昼休み無くなっちゃうよ。」

「分かっている。」


姫は、桜から手渡されたホテルの料理人夏也のお手製弁当を、丁寧に両手を使い開けた。

中からは、とても彩が良く、栄養バランスもあり、女子中学生が好むピックや切り方が花柄だったり、星型だったりして、見た目だけでも、すごく楽しめる。

それに、丁度良い量だ。


「夏也様、頂きます。」


姫は、備え付けられた箸を丁寧に取った。

箸も女子が欲しがりそうな色と花のマークが入っているものだ。

箸を持つ手が震えている。


「姫、普通に食べてよ。それと、そのお弁当箱と箸もプレゼントだって。そのまま持って帰ってよ。」

「え?こんな、かわいいお弁当箱と箸も。」

「そうだよ。それに、何気に色違いだけど、私とお揃いだよ。」


桜は、いつものお弁当箱ではなく、姫とお揃いのだった。

桜がピンクで、姫が赤だ。


「本当だ。」

「父さんが、この機会にって変えてくれたんだ。」

「夏也様、本当にありがとうございます。」

「だから、普通に食べよう。」


姫は、一口一口丁寧に食べ、確りとかみ砕き、自分の身体に取り入れて行った。

とても満足をしたのか、姫の頬には赤みが差し、お腹も満足した。


「こんなおいしいの、初めて。」

「よかった。姫が満足してくれて。」


桜は、もう一つ、包みをカバンから出して、姫に渡す。


「これ、お父さんから、仕事を手伝ってくれるのは嬉しいけど、もし、作品の出来次第で断った場合に、誕生日プレゼント渡せないからって、その代わりだってさ。」


姫は、お腹いっぱいになった身体を椅子に預けて休んでいたが、急に身体を起こして包みを受け取った。

中身を見ると、姫が好きなバレット式のリボンが入っていた。


「色は、姫が好きな色、赤だって。」


姫は、とてもあふれんばかりに感動をして、涙を瞳に溜めている。


お弁当は、夏也が桜にアレルギーは無いかとか、好きなおかずとか聞いてくれたのだろう。


リボンは、春樹が桜に好きな色や、髪の質、どんな形のリボンを好んでつけているかを訊いてくれたのだろう。


そんな情景が、姫には浮かんで来た。

リボンを大切に両手で受け取り、胸に大切に収納し、溜めていた涙が頬を伝った。


「ありがとう、赤野家。」


桜は姫の頬を伝う涙を、自分のハンカチでふき取りながら、微笑んだ。





家に帰った後、桜は春樹と夏也と貢に、夕ご飯の時、姫の様子を話した。

春樹と夏也は、手の平を出して、お互いにタッチをした。

貢も二人を見て、微笑んでいた。


「やったな、春樹。」

「ああ、やった。夏也。」


競争していた二人が、いつの間にか共同作業に代わり喜んでいた。

桜は、そんな二人を見て、嬉しくなった。


「それと、お父さん、土曜日、午前九時に来るって言っていたよ。」

「そうか、楽しみだな。」

「うん。」

「国田さんには連絡済みで、よろしく頼まれているから、なるべくなら手伝って欲しいけどな。」

「いつの間に。」


流石、春樹だ。

予め、姫の親に許可を得ていた。


電話をすると「社会勉強には丁度いい」のと「現実を見せてあげて欲しい」とも言われた。

どうやら姫は、キツメブランドの赤野春樹を崇拝し、仕えるつもりで、手芸を勉強しているのを、両親には伝えていた。


「もし、姫がお父さんの手伝いが出来るほどの腕だとしたら、どうするの?」

「そうだとしても、高校を卒業してから雇うよ。高校の間は、見習いかな?」

「私も何か手伝えればいいけど、手先器用じゃないし。」

「俺の仕事は手伝えなくても、夏也の料理は手伝えているじゃないか。夏也の料理を手伝ってくれると、もし夏也が体調不良になった時に桜に頼れるよ。それに、俺は夏也の料理を食べていないといけない身体だ。少しでも夏也の味に近い味が出せる桜が居てくれると、とても助かる。それに、食事は基本だからね。食べないと生きていけない。桜が生かしてくれるんだ。」


桜は、春樹の言葉を訊くと、とても嬉しくなった。

確かに料理なら、何とかなる。

夏也程じゃないけど、食べられる物は作れる。


「まあ、桜は、よく手伝っていると思うよ。料理のセンスがあるかどうかは別として、ちゃんと包丁を使って材料を無駄のない様に切り分けて、調味料の味も知っていて、適切に料理が出来ていると思う。だから、俺が倒れた時には、頼むな。」


夏也は、桜に顔を向けて微笑んで、頼んだ。


「ありがとう、お父さん、父さん。」


貢からは、足が速いって言ってくれたし、料理もなんとかできている。

自分の進路は、この二つから決めようと決意した。

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