12

 百二十キロレーンをSUVやミニバンが散発的に走り去っていく。ときには軽自動車さえも見送りながら、おれが運転する鮎川さんの改造車は真ん中のレーンで淡々と距離を稼いだ。

「あっ」彼女が小さく声を上げる。

 その理由はおれにも見えているので驚かない。稲光だ。進路のかなたで、閃光が闇をつかもうとする触手のように伸びる。建て込んだ自分の街ではあまり見ることがない光景だ。おれは以前にも北関東で豪雨に会ったことがあった。

 ウィンドウに大きな雨粒が数滴貼りついたかと思うと、雨が一気に勢いを増す。水滴が震えながらウィンドウをルーフに向かって上るように滑っていった。撥水剤が塗ってある。おれは少し安心する。

 ひときわ大きな稲妻が車内をストロボのよう照らした。鮎川さんが控え目な悲鳴をあげる。

「お願いしてよかった。私、こんな雨の中で運転したことないです」

「ドライブはあまり行かない?」

 おれは鮎川さんに尋ねる。

「あまり遠くには行ったことがないんです」

 普段はせいぜい通勤に使う程度で、長時間のドライブは久しぶりだという。

「向井さんは、安全運転ですよね」

「うん、まあ。おれはちょっとトロいとこあるし」

 正直に答える。見栄を張ってもしかたがない。なんだかしかたがないことだらけだ。けれど、彼女が相手だとそれでもかまわない気がした。

「ごめんなさい、そうじゃないんです」

 彼女はあわててこちらに向き直ると顔の前で手を振った。おれは笑う。

「あーごめんごめん。まあ、人様の車だし、かなりいじってるでしょ? これ」

「私もあまり詳しいことはわからないんです」

「なんかムリして故障しても困るからね」

 彼女が正面を見つめたまま静かに言った。

「私、こういうほうが好きです。のんびりっていいです」

 ほっとしたような口ぶりは、おれの余計なひと言のために取り繕ったのではなく、彼女の本音のように思えた。

 三十分もすれば収まるだろうという、あまりあてにならないおれの予測通りに車は雷雲の下を抜けた。

 タコメーターは三千回転ぐらいで安定している。もちろん自分がラクだからに決まっているのだが、これぐらいで流している状態がこの車もリラックスしているように感じられた。

 ダッシュボードの時計に視線を投げる。午前二時近い。

「トイレとか休憩とか、我慢しないで言ってください」

「はい」

「それから眠くなったら寝ててください。おれもこりゃダメだと思ったら停めて寝ますから」

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August Last 悠帆堂 @youhodoh

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