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制限速度前後でゆっくりと流し始めた。そんな低速の車は他にいなかったが、通行量は多くない。急がなくても流れが滞るような状況ではなかった。
すぐに高井戸インターを過ぎ、首都高新宿線に入った。風景も変わり、高架の両側にビルが壁のように連なりだす。永福料金所を抜けると、ほぼ正面に教会の尖塔のような通信会社のビルが遠望できた。
高速道路に入ってから、ここまででまだ十分間も経っていない。
鮎川さんは黙って夜景を眺めているようだった。まだ、おれの緊張が取れていないのも感じているだろう、と思う。カッコつけたってしかたない。おれも黙って運転に集中した。三〇分もすれば、余裕が出てくるはずだ。
西新宿ジャンクションで分岐路に反れる。シフトダウンして速度を落としながら、カーブというよりは突き当りといった印象の急カーブを静かにトレースし、車は中央環状線のトンネルへと降りていった。しばらくはトンネルが続く。
ノイズがこもる車中で、おれは大きめの声を出して訊いた。
「眠くないですか?」
「わりと夜型なんです」といって鮎川さんは笑った。
「向井さんは、朝早いんですよね」
「いつもだったらもう寝てます」
「なんだか申し訳ないです」
「最近ですよ、早起きなんて。元々はこの時間に帰ってくることもしょっちゅう」
トンネルなのでノイズが大きいように感じられる。が、アクセルを踏み込まずに流している分にはエンジン音はさほど気にならない。メタリックブルーのクーペは、盆休み二日目の環状線を淡々と抜けていく。
トンネルを抜けたと思うと、板橋ジャンクションを過ぎてまたトンネルに入った。目まぐるしく状況が変わるので、また鮎川さんに話しかける余裕がなくなる。トンネルの坂を上がると、首都高はまた高架になった。
荒川の橋を渡り、首都高川口線に合流する。遠く光をちりばめた板のような高層住宅が並んでいる。加賀の告別式の日のことをふと思い出した。まもなく遮音壁で街の風景は見えなくなった。
川口料金所を超える。ここまでに小一時間もかかっていない。
「街灯の色が変わりましたね」
どうでもいいことを話しかけてみる。本当にどうでもいい。でもしかたない。
「私はこの色のほうが落ち着くかも」
暖色系の光がどこか懐かしい。オレンジ色のナトリウムランプは昔ながらの水銀灯の後継だったが、現在はさらにLEDに置き換えられつつあるらしい。これもいずれは消える灯りなのだろう。
順調に東北自動車道に入った。後はひたすら北上するだけだ。
最初のサービスエリアに立ち寄っておく。それぞれにトイレに行き、その後でいったん鮎川さんに運転席に座ってもらった。普段と違う乗り方をして、車の機嫌を損ねていたら困ると思ったのだ。
車は停めたままで彼女が何度かアクセルをふかす。
「問題ないと思います」
おれは安心して彼女と交代し、また運転席に戻った。
進入レーンで加速しながらウィンカーのレバーを弾いたとき、ようやく自分がこの車に馴染んできたのを感じた。
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