10
世間では今日からが盆休みだ。
おれは出勤したが、会社もそれなりのシフトになり、負担はいつもの平日よりも軽かった。これで明日、明後日の二日間は休みになる。
会社から帰る途中、ロードサイドの牛丼チェーンに寄った。
六時間くらい後には、鮎川さんと一緒に青森に向けて出発することになる。いつもの晩のように酒を飲むことはできない。
自分の車をマンションの駐車場に収める。二階の鮎川さんの部屋にはまだ灯りが点いていなかった。外出しているのだろう。
メタリックブルーのクーペは待機するように駐車場に置かれていた。洗車でもしたのか、ボディはいつもより光沢を放ち、径の大きなアルミホールの輝きが鮮やかに脳裏に残った。
四階の自分の部屋に戻ると、いつもの習慣でそのままシャワーを浴びた。
――それにしてもなぜだろう。
髪をかきむしるように洗いながら、いつもの戸惑いと向き合う。
以前から旅行は嫌いではなく、一人でもよく出かけていく。けれど、その度にこの戸惑いと向き合う。
出発の直前になるとひどく億劫になるのだ。自分で決めたことなのに、出かけたいから出かけるはずなのに、急に気が重くなる。
本当は旅行が好きなわけではないのではないか。ここではないどこかに、いまではない何時かに逃げ出したいだけなのではないか。
デイパックに一泊分だけ衣類を詰めた。明日の朝、鮎川さんとクーペを無事に送り届けたら、そのまま現地で一泊し、明後日こちらに戻るつもりでいた。
荷造りを終えてしまうと、することがなくなった。いつも使っている座椅子に腰かけたまウトウトする。
目を閉じる前に最後に時計を見てから、きっちり一時間半後に目が覚めた。自分を点検するような気分で熱いコーヒーをすする。
――大丈夫だ、ぜんぜんいける。
自分にしては珍しく前向きな気分だと思った。
洗面室に行って、夜だがひげを剃った。今回は同行者がいて、明確な目的と目的地がある。いつもの旅行とは違う。そう考えながら、顔に残ったシェービングフォームを冷たい水で洗い流した。
二十三時五〇分――約束の時間になり、おれは戸締りをして駐車場に向かった。階段を降りていると、太い排気音が深夜の空気の中に轟いた。
鮎川さんは、アイドリングをしながら車の外で待っていた。
「じゃあ、行きますか」おれが言うと彼女はうなずいて助手席側に回った。
二人でほぼ同時にシートに乗り込んだ。
深夜の川崎街道を折れて、稲城大橋に向かう途中でカーラジオから時報が流れた。
「ラジオのままでいいですか?」
運転中はなんということもないラジオの番組を聴き流しているのが好きだ。できたらFMよりもAMの方がいい。
「はい。それとETCカードは入ってるのをそのまま使ってください」
鮎川さんは、これから仕事でも始めるみたいな明るく張り切った声で言った。実際のところ、おれにとっては仕事のようなものでもある。彼女の声は、こちらの気分にも弾みをつけてくれた。
シフトの選び方やアクセルの踏み加減を気にかけながら、あまり速度を上げずにゆっくりと稲城大橋を渡る。
後続車のヘッドライトがミラーに映り、迫ってきた。そのまま距離を詰めてくるかと思ったが車間距離は離れたままだった。この車の大きなリアスポイラーは夜目にもかなり目立つ。
――派手な改造車の方がゆっくり走らせてもらえるのか。
そう思って、おれはなんだかおかしかった。
まだどこかぎくしゃくとしたままのおれの運転で、メタリックブルーのクーペは中央道の料金所をくぐった。
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