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毎朝六時半までには会社に着き、十五分もしないうちにそれぞれがトラックを出す。だから営業所の全員が揃うのは夕方の帰社後になり、朝礼ならぬ夕礼があった。
夕方の五時少し前に翌日分の積込を終えた。
「お疲れさまです」といいながら事務所のドアを開ける。
すでに大半のメンバーが戻っていた。新人のおれは、普段から皆より帰社が遅れ気味だ。
いつも通り、面倒くさそうな顔をして運行日報を書いている松本さんの隣に座った。ついこの間まで同乗して仕事を教えてくれたのが彼だった。
「松本さんさ、陸送の料金ってどれくらいかかるもんなのか知ってる?」
彼は営業所では歳がいちばん若い。皆は“まっちゃん”とあだ名で呼ぶが、おれは苗字に「さん」付けだった。
「よくわかんないなあ」
松本さんが首をひねっていると、隣でスポーツ新聞を読んでいた浦野さんが話に入ってきた。彼はおれよりも年上で運送業の経験が長い。
「どこまで?」
「青森らしいんですよね。ここらへんから」
「長距離だと十万円とかじゃないかな。おれもはっきりとはわかんないけど」
「割とかかりますね」
浦野さんが壁にかかった時計に目をやりながら新聞を畳む。
「知り合いがやってたんだけど、あれもけっこうピンキリらしいんだよな」
松本さんが付け加えた。
「今ならたいていネットで見積とれるでしょ」
「そうな」浦野さんがうなずく。
「おれがそいつに聞いてみてもいいけど、ネットの方が早いよ」
その日最後のトラックが帰社し、夕礼が始まった。
何度やってもいまだに違和感があるのだが、みんなで声を揃えて指さし呼称をする。所長からいくつかの伝達事項があって、また一日が終わった。
いつも営業所の構内に置いている自分のコンパクトカーのエンジンをかける。エアコンを全開にし、また車の外に出た。こもった熱気が出ていくまでの間に、鮎川さんに連絡をしておくことにした。
彼女はすぐに電話に出た。
「すみません。男の人なのにあんな甘いものって、あの後ちょっと思っちゃったんですよね」
彼女の口調によそよそしい感じはなく、おれは安心した。思いのほか緊張していたらしい自分に気づく。
「いや、すごくおいしかったです。今、いいですか?」
「車のことですね」
「なんか、今日会社の人に訊いたら、詳しいことはわからなかったんですけど十万円ぐらいみたいです」
「そうですか。お手数をおかけしちゃって」
「詳しい見積はネットでも取れるんじゃないかって。それで――」
ここ数日ぼんやりと考えていたことを切り出してみることにした。
「ええと、それで、もし信用してもらえるならっていう話なんですけど、おれに行かせてもらえませんか?」
加賀の告別式があった日の晩に、ふと思いついたことだった。
「でも――」
戸惑っている。スマートフォンの向こうから、そんな気配が伝わってくる。
「まあ、いきなり信用しろっていう方がどうかしているとは思うんですけど」
喉元にせり上がってくるような後悔の念に堪えながら返事を待つ。
「別に返事は今すぐじゃなくても」
こらえきれず口に出したところで彼女の声が聞こえた。
「お願いします」
おれは逆にどう答えていいかわからなくなり「はい」とだけ言った。
彼女は続けた。
「それで――運転していっていただけるなら私も一緒に乗っていきたいんです」
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