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 土曜日は隔週で出勤する。

 会社のトラックが運んでいるのは医療用酸素のボンベだった。できるだけ供給を途切れさせないためだろう。休日でも連絡が入れば出勤しなくてはならない待機要員も決められている。おれはまだそのシフトには入っていない。

 週末に働くのは嫌いではなかった。趣味と呼べるほどのものもないし、会わなければならない相手もいない。ショッピングモールの近所など、平日なら渋滞しないような道路が混むのにはいらいらさせられるが、土曜日は配送件数も少なめだった。

 その朝も悪くない気分で部屋の鍵を閉め、階段を降りていった。

 早朝の駐車場は、ほとんどのスペースがまだ埋まっている。あのメタリックブルーのクーペもいつもの位置にあった。

 いつも違ったのは、運転席にあの女がいたことだ。

 カツン、カツンと断続的にボンネットのあたりから音がする。

 セルが回っていない。

 おれは運転席の女に窓を開けるように合図した。パワーウィンドウは下がらず、女はドアを開け、腰かけたままで言った。

「バッテリーが上がっちゃったみたいで」

「ロードサービスとかは?」

「持ち主がいなくて保険の書類とかよくわかんないんです」

 女は表情を曇らせた。

「ケーブルあるから、ちょっと待ってて」

 自分の車まで行き、エンジンをかけた。通勤用に買った中古のコンパクトカーだ。他人に言うのも恥ずかしいような値段で年式は女のクーペに負けないぐらい古い。

 自分のポンコツをクーペの前に移動すると、それぞれのボンネットを開いてブースターケーブルをつないだ。

「いけると思うよ」女にエンジンをかけるように促した。

 クーペは何かが回転し擦れるような乾いた音を立てる。

 図太い排気音が、朝の澄んだ空気の中に吐き出された。

 ありがとうございます――声は聞こえなかったが、微笑む彼女の口元でそう言っているのがわかる。ウィンドウが静かに開いた。

「降りなくていいですよ。そのまま少しエンジン回してて」

 おれはそう指示するとブースターケーブルを外して、自分の車の荷室にそのまま放り込んだ。そして、両方の車のボンネットを閉じた。

 言われた通りに運転席で行儀よく両手をハンドルに置いている女に、窓の外から声をかける。

「そこにコンビニがある交差点あるでしょ?」

「はい」

「こっちからだとその交差点左折して一キロぐらい行くとスタンドがあって、二十四時間だから。このままエンジン切らないで行くといいよ」

「はい。あの――」

「じゃ悪いけど、おれ行きますね」

 おれは先を急いで自分の車に乗り込んだ。今ならまだいつもよりも少し遅れる程度で遅刻にはならない。

 彼女がクーペの運転席でハンドルに手をかけたまま頭を下げる。

 何かを言おうとする彼女を遮るようになってしまったことに少しやましいような気持ちを感じたが、軽く片手をあげて彼女に答えると急いで駐車場を出た。

 ハンドルを握りながら思う。

 もしかすると近くで見たら遠目とはずいぶん印象が違うのではないか。以前からそう考えていた。

 しかし、彼女は、やはりどうしてもあの改造車とは結びつかなかった。

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