04


「気分悪いや」

 斎場の外で出棺を見送ると、礼服姿の美咲がしゃがみこんだ。

 太陽がぎらついたかと思うと、また重苦しい曇天に戻る。そんな空模様が繰り返されていた。

「座れるとこ探そう」

 おれは美咲を連れて再びロビーに戻った。

 顔見知りはみんな昨晩の通夜に出席していたし、親族とはほとんど面識がなかった。どこか場違いな所に居合わせてしまったような気分だった。

 トイレの近くにソファを見つけて、美咲を座らせた。

 しばらく目を閉じていた彼女が顔を上げた。

「夏物じゃないんだよね、これ」

 彼女は礼服の襟元をつまんで、立ったままのおれを見上げた。目元が涙で紅く腫れていた。

 加賀も、前の職場の同僚だった。おれが辞める半年ぐらい前に入院するといって休職に入った。彼と美咲は専門学校時代からの友人だ。彼女は加賀の紹介で中途入社してきた。

「落ち着いたっぽい」

 美咲が億劫そうに立ち上がった。おれたちはそのまま斎場を出た。

「仕事これから?」彼女は歩きながら上着を脱いだ。

 顔にも声にもあまり表情が感じられなかった。

「今日は休みもらった。今の仕事は朝からいないと意味ないから」

「あたしも帰る。なんかイヤになった」

 そして、吐き捨てる。

「最低だよ――仕事でお通夜も行けないとか」

 斎場が提携している駐車場には、おれの古ぼけた車だけがぽつんと残っていた。

「駅まで乗っていきな」

「うん」

 車が走り出しても、美咲の口数は少なかった。降り出しそうで降らない曇り空が重苦しい。

「あいつ、そこまで悪いとは思ってなかった」

「向井さん返信とかくれないから。電話も出てくれないし」

「――ごめんな」

 また沈黙が続く。ラジオが本州沖を通過中の台風の話をしている。普段はトラックの運転席で聴いている番組だ。

 美咲がぽつりと話し始める。

「治ったら旅行に行きたいって言ってた」

「加賀ちゃん?」

「うん。まだそんなに悪くなかった頃」

 加賀とは飲みにも行ったし、音楽や映画の話などもよくした。向こうも友人とまでは思っていなかっただろうが、仲は悪くなかったと思う。

「向井さんはどうしてる? またヘンな旅行とか行ってる?って――」

 美咲が声を詰まらせる。

 当時おれは休みができるとよく旅行に出かけていた。大した目的もなく、いつもひとりだった。加賀はおれのそんな話を「それって何が楽しいんすか?」といつも笑いながら聞いていた。

「――ムリに、ムリにいなくなろうとか、しなくていいじゃん」

 また泣き出しそうだ。

「そういうつもりはなかったんだけどな」

 彼女はバッグからハンドタオルを取り出して口元を覆った。

「あたし、佐山さんと会うのもう止めたよ」

 不倫相手の名前を久しぶりに聞く。

「おれもそれがいいと思う」

 駅前のロータリーに車を入れた。どうやら一般車両が侵入禁止らしいことには気づいていたが、少し投げやりな気持ちでバス停の手前に停車した。

「今度、ふつうの時に会おうね」

 美咲が言いながら車から降りていく。

「おれもちゃんと返事返すようにするよ」

「うん」

 後ろでバスのクラクションが鳴る。

「またね」

急かされた彼女はあわただしくドアを閉めた。


 ネクタイを締めたままだったことに気づいて、首都高のスロープを上がってから引き抜いた。詰まり気味の車間距離で流れる環状線を離脱すると、今度はワイシャツの腕をまくった。

 加賀のことを考えるが、どこか実感がない。思えば一年近く会っていなかったことになる。

 彼はまだどこかで生きていて、これからもこれまでと同じ状況が続く。そんな気がしてしまう。向こうから連絡がなければ、おれも自分から連絡することを遠慮し続けるだろう。次第に関係は薄れて、やがて消える。今まで何度も経験してきたことだ。

「全然違うだろ。冷てえやつだな」

 声に出して自分をなじってみる。おれが物事を冷徹に割り切れるような人間なら、いろいろなことがもっとうまくいっているだろう。

 要するに、鈍いんだ。

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