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さほど興味もないバラエティ番組が終わり、ニュースにチャンネルを合わせる。まだ九時過ぎだが、ずいぶん夜が更けたように感じられた。
平日の帰宅後はたいてい部屋で酒を飲んでさっさと寝てしまう。今の仕事に就いてからは、日付が変わるまで起きていることはめったにない。
ついこの間までは、帰宅が深夜になることがほとんどだった。電車の中に澱む酔いの気配を今でも思い出す。
半年ほど前、春にはまだ少し遠いかという時期に会社を辞めた。
朝と夜で考えが変わり、日によって違う退職理由を思い浮かべているような数か月を経て、結局耐えきれなくなった。過ぎてしまえば、大したことではなかったような気もする。
大学を中退してから、こんなことを繰り返していた。仕事は真面目にやるほうだと思う。が、どうしようもなく煮詰まる時期がやってくる。辞め癖という言葉があるが、どうやら周期的なものらしいと今回の転職でようやく気づいた。
とにかく、また辞めてしまった。
働いていた広告の制作プロダクションには雇用保険もなかった。まともな企業に勤める友人たちは「信じられない」と首をかしげるが、おれのような人間でも潜り込めるような会社には、そんなところがざらにある。分っていたし、諦めてもいた。
転職ばかりの不安定な生活を続けてきたおれに、まとまった額の貯金などあるはずもなかった。しばらくしてあっさり食い詰まると、結局、以前に経験があった配送関係の仕事に落ち着いた。
朝の五時に起床し、夕方には帰宅する。出勤は六時半と早いが、きちんと早出の手当てがつき、いわゆる残業はほとんどない。運送屋といっても製造業大手の製品を運ぶためにあるグループ企業だから、社会保険も雇用保険もある。まだ試用期間だが、とにかく普通の会社に正社員として雇われたのは初めてだった。
前の仕事を選んだとき、自分にはホワイトカラーに近いところにいたいという見栄があったと思う。やってみたかった仕事でもあったから、辞めたことに挫折感がないと言えば噓になる。けれど、今のおれには安堵のほうが大きかった。
夜が更ければ自然に眠くなるし、目が覚めれば腹が減っている。業務に慣れてしまえば妙なプレッシャーもない。それまでの仕事でどこか無理をしていた自分を感じないわけにはいかなかった。
けれど、結局いまの生活も長くは続かないのかもしれない。
テーブルに放り出してあったスマートフォンが振動音を立てた。一人きりの部屋に音はいつも驚くほど大きく響く。
ディスプレイの通知を一瞥しただけで、アプリは開かず放置した。
メッセージは坂下美咲からのものだった。おれより歳下だが前の職場の元同僚といっていい。きっと仕事を終えて帰る途中か何かなのだろう。メッセージをやりとりするのは気が進まなかった。話すこともない。
「さて、と」
わざと声に出して立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
「飲み終わると、十時か」
独り言をいいながら、いつもより一本多くサワーの缶を開けた。
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