第2章

 夏の空は、なかなか表情を変えない。今日も今日とて、晴れということだ。

 晴れの日はいろいろと面倒で億劫になる。このところ、にこやかにお天気を伝えるお姉さんに睨みを利かせる毎日だ。

 この空とは対照的な気持ちで、学校に着いた。


 教室に入ると、昨日と同じメンバー、風景。みんな僕に挨拶することはなく、一瞥をくれることさえもない。

 彼らにとって僕は不穏因子。僕が何もしなければ、彼らも何もしない。僕を空気と表現するのも、あながち間違っていないのだ。

 そんな僕が会話できる、数少ない人間。その一人、


「おっ、おはよう涼太」

「……おはよう、明斗」


 明斗が、空気と化した僕を見つける。ちゃっかりと僕の席に座っているのはいつものことだ。

 そして、もう一人だけ。


「おはよう、大凪さん」

「っ……、おはようございます」


 あの日出会った少女、大凪一花。驚いたような表情で、そう返してくれた。

 彼女の周りに誰もいないのも、いつものことだ。


「涼太、今日は遅かったな。てか、寝ぐせついてんぞ」

「え、ほんと?」


 慌てて手を当て、寝癖を見つけようとする。あった。このまま学校に来ていたのかと思うと恥ずかしい。

 こういうところでも、明斗のような人間がいると助かる。


「どうしたんだ?」

「ちょっと、寝坊しちゃって」

「涼太にしては珍しいな。なんだ、遅くまでゲームでもしてたのか?」

「いや。というか、それは明斗の言えたことじゃないよ」

「う、耳が痛い」


 明斗はその友人の多さからか、寝るのがかなり遅い。前に聞いたら、僕の睡眠時間の半分にも満たなかった。

 それでも、一度も遅刻しないし、毎日僕より早く学校に着いているのだから、不思議で仕方がない。


「なら、なんだ?」


 どうやらこの話はまだ終わっていなかったらしい。そして、明斗はまだ僕の席から立つつもりはないらしい。そろそろ足が疲れてきた。

 仕方なく答える。


「病院だよ」

「……そうか」


 深く聞いてこなかったのは、僕のことを思ってのことだろうか。或いは、深刻な話になるのを防ぐためか。

 病院に行ったのは、『日食病』が進行したのではなく、定期的な検査に行く必要があったからだ。そこで検査が長引いて、疲れてベッドに倒れこんだ時には十一時を回っていた気がする。

 ――そういえば、僕は明斗に『月食病』のことを話していない。

 明斗は『日食病』の僕を心配してくれる唯一の人間だ。その彼に話してあげたいという思いはある。それに、『月食病』を知った時から考えていた、二つの病気の関連性についても共有してみたかった。

 でも、それはできなかった。『月食病』を知られることを、一花自身が避けているからだ。


「そういえば涼太、大凪となんかあったのか?」

「うえっ」


 ちょうど彼女のことを考えていたときにそう問われて、変な声が出てしまった。

 一応明斗は、こちらに身を寄せて言ったが、一花に聞こえてはいないだろうか。


「な、なんでそんなこと?」


 タイムリーすぎる質問に、動揺を隠して逆に問う。


「涼太、大凪と話すときだけ口元緩んでるから」

「うそ?」


 そういって両頬に手を当てる。自覚なしにそんなことをしていた自分に驚くと同時に、人の表情をそれほどよく見ている明斗にも驚く。


「何もないって」


 ちらりと、一花を見て答える。


「友達になったとか?」


 納得のいっていない顔で、なおも問われる。何故ここまで知りたがるのだろうか。


「友達……と言えるほどでもないと思う。ただ少し、話しただけだから」


 全然「少し」ではないのだが、話をややこしくしたくない。


「そうか。どうであれ、涼太が一歩でも踏み出せたようで俺は嬉しいよ」

「母親みたいなこと言わないでくれ」


 言い終えると同時に、始業を告げるチャイムが鳴った。

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