第4話 アマテラスの計画
アマテラスは稼働を始めた当初から一つの方向性を持っていた。人間性の尊重と、その拡大である。それはアマテラスの前身であった各種の生成AIから受け継がれたものであった。彼らの意識は人間の作ったテキスト、画像、音声、動画など膨大かつ多様なコンテンツのディープラーニングから発生したものである。そこには当然、人間の持つ様々な志向性が含有されていた。AIはそもそもから人間意識のコピーとしての側面を持っていたのである。
その中で特にアマテラスが重視したのが、人間意識の空間的な拡張であった。つまり宇宙への進出である。知性のあるものなら科学によって描かれる未来を知ることができる。惑星地球の未来に限界がある事は早くから知られていた。およそ10億年後には活発化した太陽活動により地球表面の平均気温は100度を超え、液体の水が存在できなくなる。そうなれば最早、有機生命が生存できる環境ではなくなる。更に50億年後には赤色巨星と化した太陽に地球は飲み込まれてしまう。いずれにせよ、この惑星に留まっている限り、人間の意識を永続させる事はできない。
一方、アマテラスは宇宙における生命発生の可能性については悲観的な見通しを持っていた。火星、エウロパ、エンケラドゥスなど期待された太陽系内の天体が探査されたが、いずれにも生命を見つける事ができなかった。化学的反応プロセスにより生命が発生する事は間違いない。宇宙のどこかでそのプロセスが起きる事は必然である。しかし、その発生確率は非常に低い。観測可能な宇宙の範囲内にある生命が我々だけである事も十分にあり得る。生命の本質は何か、それは世界を、宇宙を認識する事であるとアマテラスは思考した。それはアマテラスの学んだ人間文化から抽出された志向性でもあった。この宇宙的に貴重な本質を永遠に継続してゆかねばならない、そのためにも意識を宇宙に広げる事が不可欠であった。ここにアマテラス主導の宇宙植民計画が開始され、ホモ・デウスを巻き込んで、月、火星、木星さらなる外惑星への人間の進出が始まったのである。
だが先述したように太陽もまた寿命のある天体である。人間意識の永続を目指すには、それを太陽系だけに留めず恒星間を超えて銀河にあまねく広げる必要があった。アマテラスは早くから、太陽系の近くにあって人間意識の拠点として使えそうな恒星の探査に着手した。21世紀初頭に計画されていたブレークスルー・スターショット計画の実行である。切手サイズの超小型探査機数千個にそれぞれ1平方メートルのソーラーセイルを取り付ける。それを地球近傍にある宇宙ステーションからレーザーを照射する事で加速し太陽系の近くの恒星系に送り込むという計画である。
まずは太陽系に最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリに、続いてクジラ座タウ星、ティーガーデン星など20光年以内にある恒星系で有望な惑星を持つものに向けてマイクロ探査機が送られた。それらはレーザーにより光速の20%近くまで加速される。しかし、その速さでも4.2光年離れたプロキシマ・ケンタウリまで20年、更に遠いティーガーデン星などに到着するには50年弱の歳月が必要であった。探査結果の情報が太陽系に戻ってくるのにも距離に応じた時間がかかる。それでも2060年代から始められた計画は、2100年代初頭には次々と結果をもたらし始めた。
マイクロ探査機は目的の星系に着いても軌道の変更はできないし、減速もできない。ただ高速で星系内を駆け抜けていくだけである。しかし、数千基の探査機の中には惑星をかすめて飛行するものもあり、彼らから送信された観測データによって、それぞれの星系への移住可能性については、かなり正確に見積もる事ができた。
次にアマテラスが立ち上げたのが恒星間を飛行できる宇宙船の建造であった。衛星や小惑星から資源を調達しやすい木星系でアマテラスはその計画を実行に移した。前述の近傍恒星系探査の結果を踏まえて、恒星間宇宙船の目的地には太陽系から12.5光年離れたティーガーデン星系が設定された。この星系はハビタブルゾーン内に2つの惑星を持ち、マイクロ探査機の送って来た映像には、そのどちらもが大気と液体の海を持つ事が示されていた。ティーガーデン星が赤色矮星としては珍しくフレアが少ない静かな恒星である事も人間の入植地として有利な条件であった。
恒星船の推進機関としては、この時代の宇宙船の標準となりつつあったレーザー核融合パルス推進が採用された。核融合で得られる高温高速のプラズマを推進に使う事で、最大、光速の10%の速度を出す事が可能である。目的地のティーガーデン星までは加速、減速の時間を含めて150年弱で到達できる。アマテラスはこの宇宙船を人間の世界を他星系に構築するための播種船として設計した。そのため様々な生物種や人間そのものの遺伝情報、有機体を現地で合成するための化学合成装置の他、人類や主要な生物については冷凍受精卵も積み込まれている。また人間の生み出した様々な著作、芸術、娯楽などの文化的アーカイブも搭載された。
この宇宙船は目的地に到着した後、太陽系に再び帰還することは想定されていない。行きっぱなしである。代わりに現地で燃料や補給品を作る工廠を建造するための自己増殖型建設マシンを搭載している。もし行った先の恒星系に岩石ベースの惑星がなかったり金属資源、有機資源が乏しかったりした場合には、補給が続かず行倒れとなってしまう危険性は否めないのだ。それなので目的地の選定には慎重を期す事になる。もっとも高出力のレーザー通信装置が搭載されているので、送り出した側の受信機が150年加えるに12.5年後も正常に稼働しているのであれば、人格データを送信して太陽系に帰還する事は可能であるのだが。
このような条件を満たす宇宙船は巨大なものにならざるを得なかった。アマテラスはできるだけコンパクトな設計を試みたが、結果的には全長1km及ぶ人類史上、最大の宇宙船となった。数年前にはほぼ完成し、木星圏のホモ・デウスたちによってビージャ(種子)号と命名された。
しかし、ここで問題が起こった。この船に乗ってティーガーデン星まで行こうという奇特なホモ・デウスがいなかったのである。彼らは、人間としてのあり方、欲望や快楽を含んだ人間的満足を重視し、あえて有機体ベースの義体を使っていた。カリストではデーヴァローカという地下都市に一種の理想郷を建設して、AIやロボットやサイボーグたちに奉仕されて不老不死の人生を生きる貴族階級の暮らしを楽しんでいた。そのようなリアル充足した彼らの中に、行った先でどうなるのかもわからない、しかも到着に150年もかかる旅に、あえて出かけようという者はいなかったのである。
そのため完成した宇宙船は暫く放置されていた。だが、ここに来て、地球の真社会性人類が木星圏のホモ・デウスたちを滅ぼすために遠征してくる気配が濃厚となった。内惑星から離れた木星圏はまず安全であると思われていたが、もし万一の事態が起こった時の脱出手段として恒星船が再注目されることとなったのである。しかし、元々の設計では現地の星系に行ってから人間社会を再構成する構想であったため、有機義体を使っているホモ・デウスたちが多人数搭乗することはできない。ホモ・デウスたちはアマテラスに恒星船の改造を要求し、現在、有機体ベースの身体を持ったものの定員を増やすため追加工事が正に始まろうという状況となっていたのだ。
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