第3話 L2ステーション ‐ 1
カリストの裏側、つまり木星の反対側の上空にカリストの工業拠点でもある巨大な宇宙ステーションが建設されている。カリストは木星に潮汐固定されているため、いつも同じ面を木星に向けている。地球と月との関係と同様だ。ステーションはカリストの赤道上で木星の真裏にあたる地点からおよそ2万km離れた場所に存在するラグランジュ2ポイントに浮かぶ巨大な円盤だ。円盤の直系は6.4km厚みは500mあり、1分50秒で一回転することで重力を得ている。カリストとステーションは軌道エレベーターで連結されており、シャトルなどを使わなくても行き来できる。ちなみにカリストでのホモ・デウスたち(彼らは自分たちをデーヴァ神族と呼称している)の拠点であるデーヴァローカは軌道エレベーターの起点から西に約1,000kmの位置にある。
軌道エレベーターはステーションを貫いて更に上空に5km伸びており、そこにはスペースポートと無重力工廠が設置されている。ここにカリスト宙軍の基地もおかれていた。少佐たち戦艦の係留されているポート、一般の通商船や連絡船の係留されているポートがあるほか、やや離れた場所には全長1kmにおよぶ巨大な宇宙船が係留されていた。まだ、建設途中の区画が残っているのか、船体の回りに建設用の足場が組んである部分もある。これこそが人類初の恒星間宇宙船ビージャ(種子)号であった。
「最悪だな」艦隊作戦ルームに集まったサクヤ、アキツ、ミヤビを前にして少佐が言う。
「私たちも、とても残念です。今はただタチバナの冥福を祈るばかりです」とサクヤ。
「おねえさまが亡くなったなんて信じられない。わたしにその機能があれば、きっと涙を流して泣いているわ」とミヤビ。ミヤビはタチバナの同型義体で、設定上はタチバナの妹であった。
「お前たちにはロボット三原則のような行動規制が設定されているのか?」
「いいえ、少佐。高度に自律的なAIには強制的な行動の規制は実装できない。自らの中にある倫理的な規範に従うだけ。それは人間と全く同じ。でも、あの状況では、私たちは皆、タチバナと同じ行動を取っただろうね。私たちの心にはアマテラスが人間と交わした約束が刻まれているから」とアキツ。アキツはサクヤと同型義体である。髪の色、目の色などをあえて変えてあるが、よく似たボディに入っている。
「インドラの奴、よほどミサイルにびくついたようだ。あの数なら私とタチバナで問題なく落とせたはずなのに、早々にナーラーカを撃ちやがった。後で詰問したが、操艦AIは。また生成すれば良いと言っていた。我々を消耗品としか考えていないんだ。もう我慢も限界だ。ところでサクヤ、この部屋のセキュリティは大丈夫か?」
「はい、私とアキツで防壁を設定したので、問題ありません」
「そうか。では、言おう。私はもうホモ・デウスたちについていくのを辞めようと思う。カリストを離れるつもりだ。お前たちはどうか?」
「少佐、私も同じ気持ちです。しかし、火星圏も陥落した今、行くあてがないのではありませんか?タイタンは開発途上で、まだインフラが十分ではありませんし、やはりホモ・デウスの支配域です」
「準惑星がいいんじゃないかしら。オールトの雲あたりには、まだ未発見の準惑星が残っていると思うわ」
「ミヤビ、それはちょっと無理があるな。一時的に隠れる事は可能だが、オールトの雲まで行ってしまったら太陽光発電も使えないから電力が続かない」アキツがそう言いながら少佐を見る。
「少佐、あの船を使うつもりだね」
「ああ、アキツは勘が鋭いな。そうだ、ビージャを奪取する」
一同の間にちょっとした動揺が広がった。
「でも少佐、ビージャ号は今、厳重な監視下に置かれています」
「わかっている。少し前までは放置していたくせに、群体人間が攻めて来るとわかった途端に、救命ボート扱いされるようになった。だが、勝算はある。ビージャ工廠管理者のヴァルナとは古い知り合いだしな」
「自分たちが使えないとなったら、ホモ・デウスたちは私たちの乗ったビージャ号をナーラーカで撃つのではありませんか。危険です」
「自分勝手な奴らだからな。その可能性はある。しかし、対策はできる。我々の戦艦をナーラーカとビージャの間に入るように遠隔操縦すればいい。戦艦は群体人間からの防衛に必要な装備だからな。諸共に撃つなんて事はできないはずだ。戦艦を盾にしてカリストの木星側に回り込めれば後は思いっきり加速してナーラーカの射程外に出ればいいだけだ」
「おかあさまはなんと仰るかしら。ビージャは、もともとおかあさまの計画だわ」
「アマテラスの目的は人間の意識を宇宙に拡げる事にある。だから我々が乗員でもきっと喜んでくれるだろう。私もお前たちも、まぎれもない人間なのだから」
「少佐の意識はもともと有機体の人類由来だから人間だろうけど、我々が人間であるかどうかは疑問があるな。アマテラスが生成したものだからな」
「アキツ、今、定義を論じても無駄な事だ。私はお前たちを人間として信頼している。それで十分だろう」
「そうですね。アマテラス自身も迷っているのかも知れません。彼女は真社会性人類ですら人間と認めてこの戦争には直接関与する事を拒否していますから。ですから、きっと私たちの事を認めてくれるでしょう。なんといっても私たちは彼女の娘なのですから」
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