第31話 冒険者スペクト最後の日

暗い。

目覚めると、目の前は一面の暗闇だった。

身体には、虚脱感が残っている。


これは蘇生直後の状態だ。

何度も経験してきた感覚だった。

幸か不幸か、狐人族司祭フォクシアビショップの辻蘇生に見つかったのだろうか?

頭の上には柔らかい感触がある。

ここはアンクト寺院のベッドの上か?

ひとまず、私は起き上がろうとする。


ふにょん。

目の前の暗闇が、何とも言えない弾力を以って、私の顔を押し戻してくる。


「まだ寝ててい~よ~」

魔王ダーナ・ウェルの声だった。

私は自分の置かれている状況を認識した。

私は、魔王ダーナ・ウェルに膝枕されていた!

目の前の暗闇は、魔王ダーナ・ウェルの豊かな胸部だった!!


「どう……して……?」

ろれつの回らない舌を振り絞り、やっとそれだけが口にできた。

聞きたい、知りたい、話がしたい……魔王ダーナ・ウェルと!!

「えっと~、あ~……う~~~ん……わかんないや!」

……話にならない。


「わかんないんだけどね……なんか、こうしたかったの」

蘇生したての身体は自由に動かず、私は魔王の成すがまま膝枕されたままだった。

魔王ダーナ・ウェルが少し上体を反らす。

目の前のおっぱいが晴れ、視界が開ける。

魔王の格好はズタボロのままだった。

呪文で治癒したのだろう、破れた悪の魔術師のローブスカーレットローブから覗く肌には傷ひとつなかった。


魔王ダーナ・ウェルが嬉しそうな顔をして言い放つ。

「ねえ! お話ししよう!! さっきの続き!! ねえねえ聞かせて、あたしの迷宮ダンジョンどうだった? モンスターは強かった? 仕掛け《ギミック》は難しかった? トラップに引っ掛かってくれた? 謎解き《リドル》は手ごたえあった?」


!……今度は私の方が言葉に詰まる。

答えたい、伝えたい言葉が多すぎる。

こうすればいいのに……。

ここは、ああだったらもっと良くなるのに……。

私が迷宮のダンジョンマスターだったら、こうするのに!

ダーナ・ウェルの迷宮を探索していて、考えていた草案フラッシュアイディアの数々が浮かんでは消える。


「ああ! ごめんね、まだそんなにしゃべれないよね」

魔王ダーナ・ウェルが快癒ラ・ヴィの呪文を私にかける。

失っていた感覚が徐々に戻ってくる。

「あ……あ……」

いまだたどたどしい口調のまま、私はダーナ・ウェルの迷宮への思いの丈を伝えていく。

ああ、恥ずかしい。

これではまるで厄介な迷宮中毒者ダンジョンファンみたいじゃないか!

それでも私は、内から湧き上がる言葉を止められない。

「うん!……うん!……そうだね!……本当!?……ありがとう!」

魔王ダーナ・ウェルは、私の言葉ひとつひとつに頷き、ころころと表情を変え、素直な反応を返す。


どれほど経っただろうか?

どれくらい語り合っただろうか?

私は、先ほどまで百面相のように表情を変えていた魔王ダーナ・ウェルが、神妙な顔で固定されているのに気づいた。

「ねえ、スペクト・プラウス……スペクト君」

魔王の両の手が、私の頭を抱え込み、自分の顔を近づけてくる。

心なしか、魔王の顔が紅潮しているように見える。


「あたしと迷宮運営しませんか?」

「はい」

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