第30話 冒険者スペクト・プラウス
あの日、私はひとりダーナ・ウェルの迷宮最深部にいた。
仲間はいない、できなかった。
自分の能力値の低さから、敬遠され続けた来たのだ。
「3,2,1,今!」
タイミングを計り、迷宮の通路を駆け抜ける。
徘徊敵が出ないわずかな時間。
目指す先には一つの扉。
『魔王ダーナ・ウェル 営業時間AM9:00~PM5:00 営業中』
走る勢いに任せて、体当たりで扉を開ける。
出来れば冒険者の流儀で蹴り開けたかったが、それを出来る筋力が私にはなかったのだ。
「我がダーナ・ウェルの迷宮によく来た! 冒険者たちよ!!」
扉の先には、女魔王ダーナ・ウェルが待ち構えていた。
有翼有尾系の
「って、あれ? キミひとり?」
「ええ、私ひとりです」
「おお~! すごいね~!! どうやってここまで来たの~?」
とぼけた言動だが、魔王ダーナ・ウェルの実力は本物だ。
こうして相対しているだけでも、凄まじい魔力を感じる。
「調べました。ダーナ・ウェルの迷宮のすべてを」
向こうが話をしたいのなら、付き合おう。
そして、その隙に少しでも体力を回復する。
少しでも……勝つ確率を上げる!
「固定敵の配置、徘徊敵の順路と時間、迷宮構造の癖、ランダムテレポートの転送先の法則性……そうして、少ないリソースで
「すご~い! ね! ね!! 迷宮構造の癖ってなぁ~に? ランダムテレポートののほ~そくせ~ってどうやって調べたの?」
「それはですね……」
私は魔王ダーナ・ウェルの質問にひとつひとつ、丁寧に答えていった。
「すごいね~! すごいね~! キミ、あたしの迷宮のこと、いっぱいいっぱい知ってくれてたんだね!!!」
「ええ、調べれば調べるほど歯ごたえのある迷宮だと感じましたよ。特に迷宮構造のセンスがいい。少々意地悪な構造ではありますが、歯ごたえという点では他の迷宮より格段に秀でている。冒険者にとって攻略しがいのある迷宮です」
私は何を言っているのだろう?
体力回復のための長話だったのに、つい余計なことが口に出てしまった。
「ほんと~!?」
目を輝かせる魔王ダーナ・ウェル。
「ただし、最後の待ち伏せ《アンブッシュ》だけはいただけませんね?」
「待ち伏せ《アンブッシュ》?」
「ええ、ここに来る前の最後の玄室……回復の泉がある玄室です。そこで私は
「
「あれはダーナ・ウェルの迷宮のコンセプトにそぐわない。あそこは迷宮最深部の激戦を潜り抜けた後の最後の休憩地点、魔王へ挑むために冒険者たちが万全の体制を整える場所であった方が望ましい」
いかん、これではまるで厄介な
しかし、それだけにあそこの
「あり?
魔王が冒険者にかける言葉ではない。
「命だけは何とか……ですが、見事にしてやられました」
私は自分のステータスを
「いいの?」
もはや、手の内をさらしたところで何も変わらない。
「レベル1……」
「今まで培ってきた
「それでもまだ戦うつもりなんだ~」
「戦うつもりではありません、勝つつもりです」
本来ならば、攻撃アイテムと回復アイテムをタイミングを計って交互に使い、勝つ算段だった。
だがレベル1にされた以上、魔王の一撃に耐える
「確かに勝つ可能性は激減しましたが、ゼロだとは言ってません」
私の言葉に、魔王が笑顔を浮かべる。
「いい! いいね、キミ!! ねえ、名前を教えてよ!!!」
「はあ? 先ほどステータスをお見せしたでしょう?」
そこに私の名前も表示されていたはずだ。
「ち~が~う~の~、キミに名乗りをあげて欲しいんだよぉ~!!」
つくづく冒険者のロマンを解する魔王だ。
私は自分の胸が高鳴るのを感じた。
「スペクト・プラウス、冒険者です」
「魔王ダーナ・ウェル、迷宮の
互いに示し合わさなくても、ふたつの名乗りが戦闘開始の合図となった。
魔王の一撃に耐えらえない以上、勝つには抜き撃ち《クイックドロウ》勝負しかない。
どちらが先に撃つかだ。
魔王ダーナ・ウェルが呪文の詠唱に入る。
私は
単体攻撃呪文としては、最高位……しかし、これだけでは足りない。
装備すれば
別の迷宮に潜って手に入れた、この
ダーナ・ウェルの迷宮では手に入らないこのアイテムの力なら、魔王を出し抜ける。
「
5つに積み重ね《スタックし》た雷が魔王に降り注ぐ。
抜き撃ち《クイックドロウ》勝負に勝った。
だが雷鳴が鳴りやまぬ中、魔王の詠唱は止まらない。
マントが弾け飛び、破れた
それでも魔王の詠唱は止まらない。
その詠唱から放たれる呪文は……。
「
数多ある攻撃呪文の中で最高位、最大火力の呪文。
『天地創造の火』と噂される業火に、私は焼かれていく。
私の
第一位階呪文の
それならば抜き撃ち《クイックドロウ》勝負に負けることも、あんなに傷つくこともなかったのに。
つくづく効率的ではない。
私とは正反対だ。
この魔王は、私に敬意を表して最大級の呪文を使ったのだ。
なんてロマンのわかる魔王なんだ。
そして私は命を落とした。
『ダーナ・ウェルの迷宮』、その最強たる魔王ダーナ・ウェルに殺されたのだ。
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