第29話 囚われのスペクト

ガチャン。

アーガイン王城の客間の一つ。

スペクトは、そこに通された。

扉の外には、衛兵が立っている。


私の表向きの立場は、王女専用の御用商人だったはず。

迷宮運営に関わらない人間へは、そう説明されている。

しかし、これは来賓への対応というより、軟禁ではないだろうか?

そして私は無事、帰してもらえるのだろうか?

早く帰って、打ち合わせ内容を資料ハンドアウトにまとめたいのだが……。


とはいえ、ロベルタ狂王女殿下との濃密で長~~~~~い打ち合わせの後だ。

少しは休んでおかないと、効率が悪いか。


コンコン。

そう思いなおしたのも束の間、客間の扉がノックされる。

「はい、どうぞ」

「スペクト……少しいいかしら?」

現れたのは、クヴィラ侍女長だった。

いや、今の彼女は侍女の装いを解いた平服姿だった。

加えて、彼女は『スペクト殿』ではなく、『スペクト』と呼んだ、昔のように。


クヴィラ侍女長ではなく、年上の幼馴染のクヴィラとして来たのだ。

そう感じる。


「はい」

私が応じると、クヴィラ姉さんは客間のベッドに腰掛けた。

そこに座るのか……、椅子があるのに……。


「どうしていたの?」

短く彼女は聞いた。

姉と幼馴染と再会してしばらくの間、私たちはテーブルを挟んで相対する側として接してきた。

その間、ふたりが聞かずにいてくれた質問だった。


彼女たちと別れた後、どうして敵対する道を選んでしまったのか。


「私の動向はご存じですよね」

「ええ」

クヴィラの母親……ロベルタ狂王女殿下の乳母であった女性は、アーガイン王宮の隠密頭でもあった。

私の去就は知られているとみて間違いない。

「ですが、あなたの口から聞きたいのです。どうして冒険者を辞めてしまったのか。どうして迷宮運営に携わるようになったのか、その経緯を……」


私は頭の中で答えに悩む。

どう答えても、未熟だった自分の過去をさらすことになる。


「この部屋で話したことは、私の内にとどめておきます。誰にも漏らしません。あの子にも、です」

逡巡する私に、クヴィラ姉さんが言葉をかける。

それでも私は知られてしまうのが怖い。

私の知る中で、最も完璧な女性である彼女に……。


「おねしょ……」

「え?」

不意にクヴィラ姉さんがつぶやく。

「あなたが3才の時、あなたのおねしょを誰にも気づかれずに処理したのは誰だったかしら?」

何を!?

「あなたが思春期の時……」

「わかりました! わかりました!! 話します、話しますから!!」

慌てて、彼女の言葉をさえぎる。

あの時のことは、思い出したくない。


私は語り始める……。

私が冒険者を辞めてしまった、あの日。

私が迷宮都市運営に関わることになった、あの日。

私が魔王ダーナ・ウェルと出会った、あの日のことを……。



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