第27話 元転生冒険者クンとゴブリン新人編集クン

「ゴブリン砦ですか?」

シェリグ・ゲイムの酒場、身なりの良い小鬼族ゴブリンの男性が答えた。


僕は元転生冒険者、二つ前の世界では大学生、一つ前の世界では救世主、そして今いるこの世界ではエロ小説家をやっている。

代表作は、『オーク大帝の凌〇侵略戦記』。月刊ダンジョンマガジンで好評連載中。


僕は今、シェリグ・ゲイムの酒場で打ち合わせの最中だ。

ただし、相手はいつもの豚鬼オーク編集さんではなく、彼の後輩の小鬼ゴブリン新人編集クンだ。

彼はまだ新人ながら新作短編読み切りシリーズの企画担当として抜擢されたのである。


それはさておきゴブリン砦。

なんでもダーナ・ウェルの迷宮第一層にゴブリン砦が出現したらしく、迷宮が緊急閉鎖メンテナンスされているらしい。

冒険者を引退した僕がなぜそんなことを知っているかというと、毎朝地獄のフルマラソン強制連続ログインボーナスに誘いにくる半裸のムキムキマッチョのエルフケイティ・ルゥから聞かされたからだ。

あの女、原稿料貯めて引っ越ししたのに、マラソンコースを変えてまで、毎朝地獄のフルマラソン強制連続ログインボーナスに連行してくるのだ。


「そうですね~、戦争やってた頃は、それっぽいものもあったかもしれませんが、多分ゴブリン砦なんて呼び方はしてないんじゃないでしょうか?」

「そうなんですか?」


戦争……『百年戦争』と呼ばれる戦争があった。

文字通り百年続いた戦争だったらしい。

大陸全土、全国家、全種族を巻き込み覇権を争った戦争。

結果は、人間族ヒューマンの勝利。


別名『短命種戦争』。

短命種にとっては百年の長きに渡る戦争、だが長命種にとってはたったの百年だけの戦争。

そのことが勝敗を分けた。

発情期というものがなく十数年で成熟する人間族ヒューマンは、エルフやドワーフたち長命種にとっては、自分たちよりはるかに短いスパンで補充される兵力の脅威を有している。

加えて、『他種族に比べて取り立てて欠点も長所もない』人間族ヒューマン能力値ステータスは『兵隊』という職業に最適だった。

「歩兵」、「騎兵」、「弓兵」、「魔法兵」……幅広い兵種を揃え、様々な戦術への運用を可能とする。

人間族ヒューマンの変幻自在の戦術が、強力なエルフの弓兵やドワーフの重装歩兵たちを打ち破っていったという。


そして戦争が終わった。

大陸中央北部を大帝国エンパイア、大陸中央南部を同じく連合王国ユニオン人間族ヒューマンが大半を占める2大国家が支配することとなった。

その他の種族は、西にエルフの大森林、東にドワーフの大鉱床、南端に獣人の大草原最北の亜人領に、それぞれ追いやられたという。


もちろん、戦争があったのははるか昔で、今は種族間の土地の行き来も割と制限が無いらしい。


「亜人連合軍は、その名の通り混成軍ですからね。ゴブリンだけの砦なんてのは無かったと思いますよ」

「へえ~」

正直ゴブリン砦にはあまり興味はなかったが、作品のための取材も兼ねて、普段あまり絡まない新人ゴブリン編集クンに質問している次第だ。

なんかこう、異種〇的なお話が聞ければ幸いである。


「亜人連合軍の中じゃ、ゴブリンは兵数が多い方でしたからね。それを見た人間側で勝手につけた名前なのかもしれません」

「あ~、そういう感じですか」

そういえば、二つ前の世界でもゴブリン砦は人間が名付けたんだった。

いや、二つ前の世界じゃゴブリンいないから当たり前だけど……。


「それにしても、ムカつかないんですか? 同族の人が……なんて言うか、敵キャラ?……あ~射的のマトにされてるみたいで」

「迷宮のゴブリンのことですか? いや、でもあれって召喚体ですからね」

召喚体……召喚士サマナーが使う術によって、呼び出されたモンスターのことだ。


「あんな腰ミノつけたゴブリンなんて、今時いませんよ。異世界から召喚されたゴブリンなんじゃないですかね?」

新人ゴブリン編集さんが自分の服装を指さして答える。

確かに彼はお洒落さんだ。

なんなら、着た切り雀の僕よりお洒落さんだ。

「射的のマトが腰ミノつけた人間の人形だとして、先生はどう思います?」

ん~、どうだろう?

別のもので例えるなら、海外映画でトンデモ解釈の日本人が敵になっている感じだろうか。

……。

うん、笑って許せるな。

今はエロ小説家だが、これでも一つ前の世界では救世主をやっていたのだ。

新人ゴブリン編集クンのような知り合いが無抵抗で害されるならともかく、見ず知らずの人間どうぞくが襲い掛かってくるならば、撃退するのはやむを得ないと思える。


「ところで異種〇って、どう思います?」

ゴブリン砦の話題があまり目的の内容にたどり着かなかったので、僕は結局ダイレクトに聞くことにした。

「あ……いやその……う~ん」

先ほどまでの軽快なしゃべりと打って変わって新人ゴブリン編集さんが口ごもる。

「作品のためですので、忌憚のない意見を聞かせて欲しいんです」

「うちの看板作家の先生にこんなこと言うのは心苦しいのですが……彼女がいる身としては、あんまり……やっぱり人間族ヒューマン特有の感性だと思いますね」

「彼女!?」

「あ、見ます? これ俺の彼女!」

新人ゴブリン編集クンが魔術窓ウィンドウで画像を見せてくる。

可愛らしい感じのゴブリン女性とのツーショット画像だった。

画像からでも幸せオーラが伝わってくる。


僕はなぜ新人ゴブリン編集クンに敗北感を感じているのだろう。

確かに、彼はお洒落だ。

そして気さくで話しやすい。

「あ、先生。飲み物からですね。何か頼みましょうか。同じものがいいですか? これなんか」

しかも気が利く。

クソォ! そりゃ彼女ぐらいできるわ! 新人ゴブリン編集クン、いや新人ゴブリン編集さん!!


二つ前の世界、一つ前の世界、そして今いるこの世界……三界に渡って童貞を貫いている僕に勝ち目がある訳がない。


一つ前の世界じゃ、救世主だったからモテたんじゃないかって?

いいや、世界を救おうがチート能力があろうが、女の子と上手く話すスキルが上達する訳ではないのだ。

童貞は……転生しても治らない!!

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