7.異世界から帰りたい


別に隠していた訳じゃない、と歩きながらテオは切り出した。


「…もしサユがフラクタルに行く事になったとしても命の保証はない。尋問されたり、それ以上の事をされたとしてお前の弟は助けになれるのか?」


それは、と紗雪は目線を外す。


「考えすぎじゃない?」

「ラーグラフに足を踏み入れた以上、敵国と通じていると受け取られたらどうする?」

「…そんな…」

「姿を見られた以上、フラクタル側から引き渡しを要求してくるだろう。だがその先の事は俺たちでは関与できない」

「うう…交渉に失敗して脳みそだけにされちゃったりして…」


頭を抱える紗雪を見てテオは片眉を上げた。

脅すつもりは無かったが…何か怯え方が思っていたのとちょっと違う。


「声は出すなよ」

「んむ!?」


テオは後ろから紗雪の口を手で塞ぐ。

そこを見てろ、と廊下の壁…といっても壁の代わりに水が滝のように流れている洒落た作りだ─を示す。

流れ落ちる水の隙間から見える外回廊を歩く弟の豪たちが見えた。

距離は近いが滝の水音でこちらの気配を消しているのだろう、気がつかずそのまま通り過ぎていった。

豪たちが完全に見えなくなってからテオは言う。


「俺は皇帝にフラクタルのサモナーからエディットジャックを奪うように勅旨を受けた。その通り試合で勝つ度に奪ってきたが…」

「あ、あんた意外と悪人みたいな事するわね…」

「エディットジャックを奪えば契約は喪失する。召喚獣と未契約という事になるんだ。あれだけ契約しなければ地下から召喚獣が溢れ出すと警告されていたはずなのに。公正を重んじる死者の門すらだんまりだ」


ん?と紗雪は首を傾げた。


「実は意外と召喚しなくても大丈夫な世界で、大人の事情で子供には黙ってるってカンジ?」

「それは分からない。ただ皇帝も親も死者の門も何も言ってこない。うかつに信用はできない」

「敵ばっかじゃん…」


ただ、とテオは言う。


「お前の弟は信用してもいい」


紗雪は目を丸くした。


「え、何、弟と友情築いてるの…?」

「勘違いするな。戦争というのはある程度敵側とも通じてなければならない」


…勘違いするなて。

照れかと思いきや真面目な雰囲気だ。


「ただ勝ち負けをつければいいわけじゃない…もちろん敵側と通じてるとなれば制裁を受けるが、手持ちの情報が少なければ上には上がれない」

「ジョウソウシコウってやつ?」

「…上昇志向だろう」

「あっやめて!その!本当に十七歳か?みたいな目線心に刺さる!!」


侮蔑の目線を両手で遮って紗雪は聞く。


「…やっぱり弟に会っちゃダメ?」

「話聞いてなかったのか?」

「聞いてたけど。色々…」


この気持ちを何とするか。

紗雪は口を噤んで考える。

弟が好きかと言われればよく分からない。

そこまで愛していなければ仲が悪いわけでもない。

郷愁といえばそうかもしれない。

たとえこの後離れ離れになったとしても、何かひと言話したい。


「あるでしょ?顔見て話したい、みたいな」


結局会話叶わず紗雪はテオとその場を後にした。









談話室では頭を伏せ両手で顔を覆って項垂れて座るテオを両側からフィルとアッシュが慰めていた。

大丈夫だって元気出せそういう事もあるって、などと肩を叩くフィルの手をテオが払い除けていた。


「…どうしたの?」


ひどい落ち込み様にまた殴られた?と聞く紗雪。


「…殴られた方が良かった…」


殴られた方が良かった!?

痛みの方がマシなどという状況に生まれてこの方なった事がない。

とりあえず話を聞こうと紗雪はテオの向かいの席に座った。

ぱっと顔を上げたテオは目がすわっている。何か怖い。


「背に腹は変えられない。いいか?ひとつずつ確認する。今後皇帝が釈放されお前を娶ると言い出す。それは嫌なんだな?」

「嫌!」

「そこで俺と婚約する。それは?」

「うーん…?それ何かあたしに不利益な事ある?」

「ない」


ないない、代替案を考えるのはやめときな後悔するぞとフィルとアッシュが力説する。

そう言われると…逆に怪しい気がしてくる。


「話は続くからそこでつまずくな。よく聞け、こ、これから…」


言いかけてテオはまた顔を覆った。まあまあ、元気出せ、とフィルとアッシュが激励する。

…な、何。


「俺とサユは…家出する」

「はぁ…?」

「追われてる。皇帝からもフラクタルからも。回避する必要がある」

「家出って言ってもさぁ…」


紗雪は談話室の隅を見る。

気配を消しているが、護衛たちが部屋にいるので話は筒抜けだ。


「護衛は親の手の者だ。話が筒抜けてる。制止がかからないと言うことは計画に問題がないということだ」

「そういう事?」

「家出は建前だ。その間にどこかで幽閉されている皇帝の息子を助け出して新皇帝として擁立する」

「今何て?」

「うるさい」

「うるさい!?」

「時間がないんだ、もう出る」

「はぁ…えっほんとに?」


ほらほら、とやけに乗り気なフィルに腕を引っ張られ、なし崩しに家出が決まってしまった。


「っていうか!新皇帝って!何が何だか一個も分からない!」


立ち上がった紗雪の両肩をがっと勢いよくテオが掴む。


「よく聞け。これはサユが皇帝の嫁になるのは嫌だ、フラクタルに行くのも嫌だ、俺と結婚すると言って家出したっていう筋書きなんだ」

「……………は、」

「俺はもう多大な犠牲を払ってる。サユも腹をくくれ」

「はぁあああ!?」


ぎゃははとフィルが腹を抱えて笑った。

…いやそこ笑うとこじゃないよね!?


「ご、護衛の制止を振り切り、あ、愛の逃避行を続ける二人の運命や…い、いかに…!」


笑いすぎて声が震えているフィルが息も絶え絶え言った。


「あ、愛って、愛ってそれじゃ、あ、あたしがテオのことを…………す、好きみたいじゃない!」

「お前は!俺を!好きなんだ!!」


…好きなんだ!?

鬼気迫る表情で紗雪の肩をがっくんがっくん揺するテオはもうどうかしちゃっている。


「皇帝の息子は二日で見つけないといけないからな。早く出るぞ」


あまりの狂騒に部屋の端っこで事を眺めていたアッシュが突っ込む。


「何その二日って?」


テオをべりべり引き剥がし椅子に押し付けた紗雪はアッシュに尋ねる。


「テオの誕生日が来る」

「誕生会するからおうち帰りますってこと?」


でひゃひゃと笑いながらフィルが椅子に顔を突っ込んだ。

…間違いがある時はもうちょっとお手柔らかに指摘願いたい。

笑われすぎて段々腹立ってきた。

対照的にどんどん感情が落ちてきたテオはべしゃっと机にめり込んだ。

めり込みながら言う。


「十五歳。エディットジャック。年齢」

「あー…十五歳になると使えなくなるんだっけ」


…エディットジャックを使用する様な危険な逃避行なんだろうか。

危険な逃避行なんだろうなあ!

逃避行なら逃避行でもう何もかも捨てて逃げ出したい。


「…ちなみに、この計画が失敗したらの場合を聞いておきたいんだけど…」

「失敗しない。完遂する。もう失うものは何もない」

「あら何か怖い事言い出したこの人」

「ほらサユ、これ以上テオがおかしくなる前に出発するよ」


ばたばたと四人で談話室を出る。

先行きは不安だが、不安じゃない時の方がむしろ少ない。

ただひとつだけ、紗雪は決意を固めた。


異世界から、帰りたい!!







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