6.ていの良い人質


おはよう、と挨拶したあと朝ごはんの為に席に着く。

入れ替わりに怒りながらテオが身支度のため自室に戻って行った。


部屋は談話室のような広間がひとつ、その奥に個室がありそれぞれ三人の部屋がある。

紗雪はテオと同じ部屋だが。

食事は一日三回朝昼晩とあり、元の世界とそう変わらない。

食事はカートのようなもので談話室の中に運ばれてくるのでそこでいつも食べている。


「センシティブはどうしたの?治った?」


にこやかに話しかけてくるフィルの笑みにはからかいが含まれている。

紗雪は呑気にあくびをしながらそういえばそういう設定だったわよね〜、と答えた。


「あのテオを出し抜くとはね。中々面白いけど」


くくっと忍び笑いをするフィルを見るにどうもやはりテオだけは別格らしい。

足の引っ張り合いのような陰湿な物ではなく、純粋に出し抜きたいという年相応の少年らしさがある様でお互いの一挙一動をあげつらっては喜んでいる。

紗雪はまるで子犬のじゃれ合いのようにくるくると視界を出入りしていた弟とその友人二人を思い出した。


「…あたしも面白い事は好きよ。今日エディットジャックの試合でしょ?連れて行って」

「興味無さげだったのに乗り気じゃん?」

「ブリジットの所にでも行ってきたらどうだ?」


紗雪の問いにやんわりと拒絶を唱えるフィルとアッシュ。

紗雪はふむ、と足を組んだ。










紗雪に関して言えば、健康で朗らかで聖女として祀りあげるには適していると言える。

大人しすぎて病むようだったり、頭が良すぎて駒になりきれないようであれば使い勝手が悪い。

フィルはガラス越しの先にいるテオを見つめた。

非の打ち所のない完璧な少女、ブリジットの嫁ぎ先について揉めている今、テオに紗雪があてがわれるのは嫁ぎ先候補が一人減ることになって都合が良い。

…テオには悪いが、婚約してくれてありがたい。


「だーれだっ」

「おわっ!?」


すっと手が伸びてきてフィルを目隠しした。

その声に慌てる。


「さ、サユッ!?」


フィルから手を離して来ちゃった、とにこにこ笑っている紗雪を見て心底驚く。


「…ブリジットの所に行ったんじゃなかったのか?」


問いながら不自然にならない様そろりとアッシュは移動しガラス窓の向こう側を紗雪に見せない様に立ちはだかった。

何で連れて来たんだよ、と護衛に小声で抗議するフィルにうふふと笑いながら紗雪は言った。


「あたしは聖女よ、連れて行かなきゃ末代まで祟ってやる!って髪振り乱して言ったら連れて来てくれた」

「えっ怖…」

「いいじゃない、あたしにも見せて。アッシュ邪魔よ」


見せまいと立ち塞いでいたアッシュを押し除け紗雪はガラス窓に貼り付く。

紗雪に押された程度で揺らぐアッシュではないが、一人で隠すには窓はあまりにも大きすぎた。


「なるほどねー。あれがテオの氷将ヴァルドキル…」


エディットジャックの試合に出ているテオが召喚している獣は、馬に跨った中世ヨーロッパの甲冑騎士のような姿をしている。

フィルが、何で知ってんだよ…と頭を抱えた。


「試合相手の男の子について何か知ってる?」

「い、いやー…フラ公の奴については良く知らなくて…」


「じゃ紹介しますね!?あれ!あたしの!弟!!」


紗雪は語気を荒げてガラス窓をばんと叩いた。









ブリジットが紗雪に託した紙は何かの一覧表だった。


「何これ…」


これが一体何に役立つのか。

一番上には紗雪の名前が載っている。


「サユキ・トキミヤ…クラスSSA…これは強さみたいなやつか…」


強いの?あたし。

…実感もなく、よく分からない。


「アヌビス?召喚獣の名前かな…どっか歴史で聞いた名前?…エージ…は年齢…17歳…誕生日も書いてある…ラーグラフ…はこの国の名前だっけ…」


下にテオの名前もある。

クラスSSA。紗雪と同じくらい強いらしい。

その下、


「ゴウ…トキミヤ…」


ゴウトキミヤ?


弟と瓜二つというか同じというか同じなんだけど!?

クラスSSA…末尾にフラクタル公国と名前がありどきりとする。

…隣国!?

そんなまさか、と読み進めていくと一覧に見知った名前…フィルやアッシュもある。それと。


「トオル・ナカツガワ…アユム・カシバ…!」


弟と一緒に巻き込まれた友人二人の名前もある。

どちらも隣国フラクタル公国と記載がある。

表の下には試合の日程表が組まれており、明日の試合はテオと弟の豪だ。


─国全体が揺れています。二ヶ月前フラクタル公国に異世界の者が現れて以降両国の均衡が崩れているのです…


二ヶ月前。

フラクタル公国に異世界の者。

それが豪たちだとして、時宮というこの世界で馴染みのない苗字、紗雪と関わり合いがないとは思わないだろう。


…知っていて、みんな黙っている?


─この紙は誰にも見せてはなりません。一人の時に見てください。あの三人にも、決して見せてはいけません


ブリジットは同情か慈愛か、それとも何か別の思惑があってこの紙を渡したのだろうか。








相手国側にも控室のような所があり、同じ様に窓ガラスで区切られている。

紗雪に気が付いたのか、一生懸命窓ガラスを叩いてこちらに合図を送ろうとしている二人が居た。

歩と透。

弟の豪の友人の二人だ。

伝わるかどうかは分からないが、大丈夫だから、の意味を込めて笑顔で手を振ってみせた。


はあ、とため息をついてからアッシュは決着がついたな、と窓の向こうを見つめた。


「…どっちが勝ったの?」


意外にもテオが膝をついている。


「豪が勝ったの!?」


すごい、やった!とはしゃいだ声を上げると護衛に睨まれた。


「何よ、祟るわよ」


紗雪が睨み返すと護衛は怯んで目を逸らす。


「脅すなよ…可哀想じゃん」

「可哀想なのあたしでしょ?」


呆れたフィルの物言いに紗雪も負けじと言い返す。


「やってくれたな…」


エディットジャックの装置から帰って来たテオが紗雪を睨みつける。


「何、見られたからには生かしてはおけないみたいな事?」

「…はぁ…」

「何とか言いなさいよ!」


テオは紗雪を連れ出すように護衛に言いつける。


「…話は後だ。一度戻れ」

「弟に会わせて」


護衛に強引に肩を押されるように連行されそうになり、紗雪も抵抗する。


「何よ!人のことていの良い人質みたいに!」


紗雪はそう叫ぶと下を向いた。


最初から。

人質で無ければ何だというのだ。


聖女などと言われても状況が分からないところにひとりで立たされれば結局誰かに頼るしかない。

頼った先が悪人でないという保証はどこにもない。


「…分かった。ついてこい」


テオの言葉に護衛から解放される。

紗雪は憮然とした表情のままテオの案内で部屋を出た。





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