5.婚約と言われましても
「このさあ、皿一枚に収めようっていうのは、何なの?宗教?」
「合理的配慮だろ?用意する手間とか洗う手間とか考えて」
「はぁ…」
食事に米があるのはいい事だが、皿一枚の上に何でも乗せてくる。
美味しいからいいのだけれども…ちょっと申したくなってしまうのは気質か出身国故か。
「フラ公ってのは皿を三十枚も使うらしいよ」
と、フィル。
フラ公というのはおそらく隣国フラクタル公国だろうが、蔑称気味ているのは気のせいか。
三十枚もどうやって机に乗せるんだとアッシュの突っ込みを聞き流しながら紗雪は尋ねる。
「結局お隣の国と戦争してるのしてないの?」
豪華服おじさん改めこの国の皇帝であるらしい男は隣国と戦争している、と言っていた。
アッシュの話では宗教組織介入のもと平定された、とも言っていた。
三人は肩をすくめる。
「サユはさ、戦争はいおしまい、って言われてじゃ明日から仲良くしましょって出来ると思う?」
「…政治的緊張があるって事?」
「エディットジャックっていうのは表向き両国の子供たちの交流であって、ホントのところは互いの軍事力の誇示なんだよ」
分かるような分からないような。
戦争が一筋縄でいかないということは分かる。
「誰か子供たちを政治利用するのはやめましょうって言う頭の良い大人はいなかったの?」
「召喚獣は地下の奈落に住まう異形の者で、契約者が繋がなければ地上に溢れ出してしまう」
腕を組んで語るテオの言葉に紗雪は目を丸くした。
「あんなのが地下にいっぱいいるってこと!?」
迂闊に地下鉄通せない世界だ…と紗雪は震える。
「言うほど直近ではない。掘って出てくるわけではないが…地下にもう一つ世界があると考えていい」
あの異形を制御するのは子供ありきの世界なんだ…子持ちの街ゆく人々がやたら若い気がしたのは気のせいではないのだ。
ふいに部屋の扉がノックされ、呼び出された。
「あー、別にね?お皿に何でも乗せるのが悪いとかそういう話じゃなくて、あんまり慣れないな、って話であって、あたしの世界にもカレーライスって料理があってご飯の横に…おかず?おかずかなカレーって?…とにかく乗せるんだけど」
ちょっとやらないかなって思ったけど、ピザだってクレープだってなんでも乗せていいみたいな感じだしね、美味しかったらそれでいいよねって、などと紗雪は早口で熱弁した。
「…よく喋るな」
テオの呆れたような物言いに、んがー!!と紗雪は吠える。
「配慮!!分かる!?今から父親の所に行くっていうから緊張するかなと思って気を紛らわせてんの!」
紗雪はもういい!ピザとかクレープとかそこまで好きってわけじゃねーから!!と憤慨し、テオを抜かすと足音を立ててどかどかと廊下を歩き、突き当たりで止まった。
「右なの左なのそれと何であたしも一緒なの!」
「…行けば分かるだろ」
右、と指で指し示したテオが追いついて紗雪と並んだ。
「気にしなくていい」
「よく喋ってすみませーん」
「そうじゃない。そこまで親子仲が深刻な訳じゃない」
目的の部屋なのだろう、扉の前で立ち止まったテオは小さい声で、でもはっきりとありがとう、と言った。
紗雪が目を見開いてテオの横顔を見つめていると、部屋の扉が開き招き入れられた。
あたしは壁、床、もしくは空気、と紗雪はひたすら背景と化する心持ちでテオの横に並んだ。
「戸惑う事が多いでしょう?テオドールが役に立っていれば良いのですが…」
若い時はさぞ、というか精彩を欠く所が1ミリもなくむしろ今が全盛期、というような美しい女性に両手を取られて紗雪は圧倒される。
透明化どころか積極的に話題を振ってくる流れで紗雪は困惑した。
テオドールの母です、と自己紹介され納得、なるほどこれは美形の遺伝子だ。
「問題ありません。ブリジットも扶助してくれています」
…いやお前が答えるんかい。
テオの返答を聴きながら紗雪は愛想笑いで濁す。
「国全体が揺れています。二ヶ月前フラクタル公国に異世界の者が現れて以降両国の均衡が崩れているのです」
「……あの……ワタシ、戦う、とか…そういうのは…」
美しいその人から目を逸らす。
女性の肩口から窓際に立つ男の姿が見えた。
テオの父──背を向けて立っていて表情は分からない。
「もちろんそうでしょう。更迭された皇帝はまたすぐ戻ります。そうなれば国はもっと荒れるでしょう…」
…そういえば皇帝は何故逮捕?連行?されていったのだろうか。
初めて会った時の未遂事件を思い出して顔をしかめそうになる。
「貴方の事は必ず我々クルゼイロ家が守ります。ですからテオドールと婚約して下さい」
こんにゃく?
しかし美しい人だ。
…あたしも大人になったらこの人のように首元にスカーフを巻いて鮮やかなリップが似合う顔になりたい。
「承知しました」
ナンダッテ!?承知しました!?
窓際から歩いてきたテオの父がテオの肩に手を置く。
「お前にしか頼めない事だ」
「はい」
はい!?はいじゃないよね!?
その昔、男の社会は縦社会、女の社会は横社会とは誰かが言ったが今は違う。
男も女も毛細血管社会だ。
あのこムカつくよね、ハブろ、となった日にそうしましょなんて言った日にゃあデッドエンドだ。
どこで誰が友達同士か先輩後輩かきょうだいか果ては親が権力者かどうかなんて分ったもんじゃない。
あのこきらいと正直に言えるのは保育園で卒業なのだ。
情報戦がものを言う社会生活で親に教わった魔法の言葉。これを今使うべき──!
「その件一旦持ち帰らせていただきたいんですけど─!」
…どこに持ち帰るっちゅうねん!
「どこに持ち帰るんだ」
「それは!そうなんだけどぉ!っていうかあんたも何ではいなんて即答するかな!?」
帰る道すがらテオに突っ込まれ頭に手を当てた紗雪は返答する。
「結婚に関しては親が決める。子がどうこう言うものではない」
「そういう世界観なのね!はいそうですか!ってなるか!」
大体あたしたち未成年でしょ!?と紗雪は憤慨した。
「もうすぐ十五だ。成人する」
「そりゃ奇遇ね!あたしももうすぐ十八だから成人するわ!」
おかえり、どうだった?と迎え入れるフィルとアッシュに顛末を説明する。
「へ〜婚約。オメデト!」
「軽い!近所の金魚の誕生日祝ってんじゃないわよ!?」
「ごめんて。後日改めてお祝いしてあげるから。ケーキ六段で良い?」
「祝えって言ってないわよ!」
紗雪はぴたりと動きを止める。
と、さささと素早い動きで自室の扉に齧り付いた。
「…そういうわけで。一晩ゆっくり考えたいんで。テオはフィルかアッシュの部屋に泊まって。どうぞ」
言うなり自室に鍵をかけて閉じこもった。
流れるような動作に呆気に取られていた三人だったがテオが慌てて扉をがちゃがちゃと開けようとした。
「おい!勝手に決めるな!」
「センシティブなんで!近寄らないで!」
これ以上問答は無用、と紗雪は扉を離れて部屋にあるトイレに閉じこもった。
「んなセンシティブな訳ないでしょ…」
胸元から紙を取り出す。
異世界だろうがなんだろうが、世を生き抜くは情報戦よ。
ブリジットからもたらされた情報は吉と出るか凶と出るか。
息を飲んで紙を広げた。
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