4.ブリジット・エレノール
街行く人々を眺めながら紗雪は問いかける。
「別にダメって訳じゃないけど…聖女には白、みたいな決まりでもあるの?」
そう言って自身が着ているワンピースの裾を摘み上げる。
女子高生の標準装備は制服だし、私服はメンズライクのトレーナーにジーンズを合わせる事が多く、今着ている装い─純白の繊細なレースが施された上品なワンピース…とはちょっとご縁がない。
「あー。ブリジットは死者の門にご心酔だからなあ」
花屋で花を吟味していたフィルが答える。
「何その物騒な門…」
「門って。その門じゃないけど…アッシュ上手く説明してー」
「ここ帝国ラーグラフと隣国フラクタル公国を平定した宗教組織だ。白を基調としている。宗教の概念はあるか?」
「そういうこと?」
死人で出来た門ではないらしい。それは良かった。
それにしても…花屋で見繕ってもらった花束をそれぞれ持つ三人は絵になる。
…イケメンは花も映える。
「女の子に会いに行くのにいちいちお花買うの?」
「手ぶらで会いに行かないだろ…」
「それはいい習慣ね」
十三だか十四歳にして花持って女の子─ブリジット・エレノールに会いに行こうだなんて洒落ている。
「気になってたんだけどやっぱ異世界でもヘソに舌入れるのヤバい性癖に入るの?」
…前言撤回。
よく出来た少年たちと思わせといてとんだ下ネタ振ってくる。
でもこういうこと聖女様に聞いたらいけないのかなーって、などと言っているフィルににっこり笑顔で返事した。
「死刑じゃないかな?」
ブリジット・エレノールは十五歳で、エディットジャックの使用年齢を越えた為郊外にあるエレノール家で暮らしているらしい。
「何で十四歳までなの?」
「何でかは分からないけど、十四過ぎると召喚獣が言う事聞かなくなるんだよ」
「十四……じゅうよん?」
ん?と紗雪は首を傾げる。
「あたしは?十七だよ?」
「…えぇー……あ、あぁ…ホラ顔が可愛いから?」
「言い方がダメ。笑顔が差別的だから言い直して」
「サユは可愛いから特別なんだよ」
「許さん!」
紗雪はウィンクで話を纏めようとするフィルを掴みかかってゆすった。
異世界とは年齢の数え方が違うんじゃないか?と横からアッシュに言われる。
…いいや違うね!あれは精神的に幼いって揶揄する時の顔だ!
「門の前でふらふらするな。入るぞ」
テオに指摘されて納得はしかねるが姿勢を正す。
どういう仕掛けか、金属製の重苦しい扉が自動で開き屋敷に案内される。
門からすぐの所に巨大な噴水があり、紗雪は想像上の公爵家ってこんな感じ、と一人納得した。
ブリジットエレノールと申します、と挨拶した少女を見て紗雪ははーっと感嘆のため息をついた。
淡く光る柔らかな金の髪、宝石のようにきらきら輝く空色の瞳。
物語から抜け出たお姫様のようだ。
「まずはお風呂にしましょうね」
と紗雪だけ連れ出される。
…これはあれだろうか、貴族流「お前臭うぞ」みたいな?
確かに昨日は入ってないが、そんな臭う!?
内心傷ついていると、
「お住まいの所にはお風呂がないでしょう?今急ぎで作らせておりますので、それまでは我が家をお使い下さい」
隣に並んだ柔らかな少女─ブリジットに穏やかな笑顔で言われる。
あ、あの、ありがとうございます、服も、と慌てて礼を言うとにこりと笑顔を返された。
上品な返し、無いものを作ると宣言できる力と財力
…圧倒的お嬢様力がすごい。
「わたくしはこちらに居りますので、困った事があればお声かけくださいね」
バスタブのカーテンの向こうにブリジットの影が見える。
「ここでの暮らしは何かと制約が多いのです。気兼ねなく仲良くしていただければ嬉しいのですが…」
制約とは何だろうか?
バスタブのお湯に肩まで浸かり、考える。
…お上品な言い回しで友達になって、みたいな事では?
「私、聖女って程立派な人間じゃないんですけど…」
「わたくしも大した者ではありませんわ。例えば贈り物はお花よりお菓子の方が良いと思うくらい」
おっとお嬢様、意外と言うらしい。
ふふふと紗雪は笑う。
「友達って何て呼ぶの?ブリジットさま?ブリジットさん?」
「ブリジット、とお呼びください」
ブリジットはテオたち三人とは幼馴染みである事、仲は良いが年齢を重ねるにつれ男女間で親しさに壁ができている事など話してくれた。
男三女一では寂しさもあるのだろう。
瑞々しい少女の感性を言葉の端々に感じて紗雪は眩しさを覚えた。
「サユ、これを、」
「えっ、ちょっ、っわ、びっくりした、」
上がって丁度下着を身につけた状態で急にカーテンを開けられ、ブリジットが中に入ってくる。
この紙を、と上質そうな紙を折りたたみ、紗雪の下着の胸元に差し込む。
「この紙は誰にも見せてはなりません。一人の時に見てください。あの三人にも、決して見せてはいけません」
柔和な顔つきから一変して真剣な眼差しに紗雪は圧倒される。
「何が大切かは、自分自身で決めねばならないのです」
そう告げると元の柔和な顔つきに戻り、着替え終わったらお茶にしましょうね、とブリジットは再びカーテンを閉めた。
紗雪はタオルを握りしめてしばらく呆然としていた。
「サユが心配ですわ。テオは物言いが無遠慮ですし、フィルは下品さに磨きがかかってきましたし、アッシュは言葉足らずすぎます」
「ブリジットが過保護すぎるからお釣りが来る」
テオはブリジットを見ずに流れるような返しで紅茶に口をつけた。
を紗雪は二人をちらっと見てから庭を見続ける。
庭では飼われている大型犬とフィルとアッシュがじゃれていた。
こうしてみると年相応に見える。
「困った事があったらブリジットを頼ればいいって事は分かったわ」
紗雪も澄まして紅茶を飲んだ。
お上品味。
テオは片眉を上げた。
「懐柔するな」
「懐柔など。結託ですわ」
軽口の応酬から仲の良さが伺える。
胸元に差し込まれた紙だけがわずかな違和感をもたらした。
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