3. エディットジャック
綺麗な髪だ。
…まつ毛、あたしより長いかも…
隣で眠るテオの顔をまじまじと眺めて紗雪は思った。
整った顔、その頬には白い治療薬だろうか湿布のようなものが貼られている。
「痛そう」
そっと手を伸ばし頬に触れる。
瞼が開いてテオと目が合った。
「父は悪くない。あれは…俺が悪かったんだ」
「えっあの殴ったのお父さんなの?」
ぎょっとして紗雪は口を手で覆う。
テオが黙って身を起こしたので手が離れた。
「っつあー!ごめんなさい!今のナシ!」
紗雪はがばっと起きてベッドに土下座する。
「誰だって親のこととやかく言われたくないよね…ごめん」
時宮家の家訓、『他人の家に口出しする事無かれ』だ。
友人の言う家族や兄妹が嫌い、と言うのは耳で聞いただけでは照れ隠しの嫌いなのか殺したいほど嫌いなのかは判断がつかないからだ。
軽く扱っても重く扱っても友人と縁が切れるというのは充分にあり得る。
友人を大切にしたいのなら、踏み込み禁止の領域は見極めなければならない。
反応がないのでちらっと顔を上げて様子を伺えば、
「着替えはそっちでやれ」
と、別室に追い出された。
怒ったのか怒ってないのかはよく分からない。
へーい、と軽く返事をして別室に向かった。
…っていうかベッド一緒なの?
異世界、本当によく分からない。
がちゃりとドアを開けると先に広間に居たフィルとアッシュがじっと紗雪を見つめた。
「…その目やめて。はっきり言ってよ…変なとこあるとか分かんないよ…異世界から来たんだって」
むっとして紗雪が言うとフィルが慌てて言った。
「あー、ゴメン!不躾だったって言うか今のは下品だった…いや何でもない、あ、そう、ほら朝の挨拶はおはようでいいのかな、ってさ、な?」
焦りながらフィルはアッシュに同意を求める。
アッシュも頷いて同意した。
「…そう?」
「そうそう!ハグとか、ハイタッチとか…いる?」
「それはいらない…」
「テオはどうした?」
強引に話題を切り替えられた気もするが、そうアッシュに聞かれ、
「支度するから出てけって言われた」
紗雪は憮然として答えた。
「テオっていつもあんな偉そうなの?」
「そりゃあ、一番偉いのは皇帝、その下に四家、北のクルゼイロ」
フィルは親指でドアの向こう─テオを指し示す。
「東のパレリアス」
フィルは自身を指し示す。
「西のロジャリーで」
ぽんとアッシュの肩を叩いた。
「お、お高貴じゃん…!」
あはは、お高貴、と笑うフィル。
「いいじゃん、真ん中の聖女様で。お高貴仲間でしょ」
…何だか一人だけ安っぽい気がする。
横文字にして欲しい。
「南は?」
「あぁ、服とか貰ったんだってね」
「ブリジット・エレノール。南はエレノール家だ」
フィルを補足するようにアッシュが教えてくれる。
あのいい匂いの手紙の主が南の家の人間のようだ。
「ブリジットに会いに行くのもいいけどね。まずいいモノ見せてあげるよ」
フィルがポケットから取り出したのは卵型の小型機械。
形状に見覚えがある─…
「頭のいいAIだ」
「エーアイ?って何?エしか合ってないけど」
ついてきて、と言うフィルと共に部屋を出て階段を下った。
「今から後輩を可愛がるとこ」
言いながらフィルは卵型の装置に乗り込む。
座る所が楕円型のハンギングチェアに似ているが、ドアがついていて閉めると中は見えない。
「座っていい」
装置の隣に椅子を置いたアッシュが言った。
椅子を担いで階段を降りていたのはこの為だったらしい。
礼を言って座る。
「─エディットジャック!アクション!」
隣の装置からフィルの声が聞こえる。
すると目の前のガラス張りの向こうの部屋にフィルが立っているのが見えた。
「今ので移動したの?」
「いや、あれはピクチャーで…本人の当映像といえば分かるか?」
「フィルはここにいて…あっちは映像、で合ってる?」
「そんな所だ」
なんてこった。
中世的だなんてとんでもない。アバターを実像できるならかなりの近未来的技術力がある世界だ。
「エディットジャックと言う。奈落から召喚獣を使役して相手と戦うんだ」
いつの間にか隣に来ていたテオが言った。
「──薙ぎ払え!水姫エルマチカ!」
フィルの叫び声と共に当映化されたフィルの後ろに巨大な生き物が現れる。
紗雪は思わずビクッと体を揺らし、座っていた椅子ががたりと音を立てた。
生き物…水姫エルマチカは水姫を冠するのに相応しい女性的な上半身、下半身はとぐろを巻く蛇のような魚のような体で全身が青い。
豪奢な金色の冠に槍を持つ一つ目の姿は異形である事を物語っている。
フィルの対戦相手の少年も犬のような召喚獣を呼び出していたが、大きさも見た目もお世辞にも強そうには見えない。
「スプリットアクア!」
フィルの声に呼応して水姫エルマチカは大きく槍を動かし…水の律動で相手を圧倒した。
対戦相手も何か反撃をしたようにも見えたが、連続で襲いかかる水波になす術がない。
「弱いんだよざぁこ!出直せよ!」
…おおぅ。
フィルが煽る。ものすごく煽る。
女性的ともとれる線の細い顔立ち、イケメンにしか許されざる肩にかかるボブカットのフィルからは想像がつかなかったがかなり好戦的だ。
「…日々切磋琢磨して技術を磨いているのであって、相手を煽っていいわけではない」
軽く咳払いしてテオが捕捉した。
…なるほど、性格が出るらしい。
「これは君のだ、サユ」
…いや誰がサユじゃい!
二人がテオドールの事をテオテオと呼ぶのでうっかりそう呼んでしまっている手前紗雪を略すなと突っ込み辛い。
「えっ…あたしもやるの…あれ…」
運動成績全てにおいて多めに見積もって並で生きてきた紗雪はちょっとハードルが高い、と思った。
渡された卵型の機械は臙脂色だ。
テオのものは白、フィルのものは水色だった気がする。
一人一人色が違うのだろうか?
「ねぇどうだった?」
勝ったらしいフィルが目を輝かせて装置から出てきた。
この綺麗な顔に煽られても界隈ではご褒美になるだけではないかと紗雪はうっかり思ったが、そうは言わずに、
「かっこよかったよ」
当たり障りなく褒めた。
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